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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第四章】

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【第四章 東西横断編】


 第三十話 二都山道

 私とプリムさんは、オピアム港で船を降りると、近くの停留所で待っていた路線馬車に乗りこみました。
 馬車は大陸第二を誇る都会の街並みを素通りして、ひと気の少ない郊外に出ました。
 大戦後に壊された古い城壁の跡『二ノ壁』の手前で、二人は馬車を下りました。二ノ壁は大昔からこの街の市境であり、街の基になった平野が尽きる所です。
 停留所から少し歩いて市境を越え、なだらかな坂を山裾の開けた所まで上っていくと、小さな集落が見えてきました。
 登山口近くの広場には、宿屋、旅の装備をそろえた道具屋、保存食でいっぱいの食品店、貸し馬屋などが立ち並んでいます。
 私は山道入口の道脇に里程標(マイルストーン)を見つけました。『二都山道・〇マース地点』と彫ってあります。
 ここから長い長い坂を上っていくと国境のアイブライト峠。カスターランド領に入り、坂を下っていくと王都ジンセンです。中継点のアイブライト峠まで、距離にして三百マース(一マース=約一キロ)、標高差にして四千ミルマース(ミル=千分の一の意)以上もあります。
 交通手段は馬か徒歩しかありません。馬といっても馬車ではありません。鞍の上に乗る馬のことです。
 二都山道は途中の宿場が少なく、昔から行き倒れの名所だったと聞いています。ときどき熊や大猪などが出るとか出ないとか……。
 乗馬経験のない私は馬小屋の前で、プリムさんに相談を持ちかけました。
「せめて上りだけでも馬に乗りたいのですが、『騎手兼護衛付きプラン』では、峠の頂で私の旅費が底をついてしまいます」
「あたし、馬乗れるよ?」
「本当ですか?」
「ローズ島の近くに、野生の馬ばっかりいる島あったでしょ? あそこで遊んでたら、乗れるようになっちゃった」
「た、助かった……」
 私は手を開くと、指先で数字を書き連ねていきました。
 国境を越えた後、下りは歩くとして、汽車代と船代が往復で……うぁ、それでもギリギリかも。
「最悪、ジンセンでバイトすればいいでしょ?」
「そ、それもそうですね」
 八つも下のプリムさんのほうが、よほどしっかりしています。
 受付小屋へ行って契約書にサインすると、私は葦毛の馬に乗るプリムさんの後ろにまたがりました。
「はい、行って」
 プリムさんが言うと、馬は歩き出しました。
「?」
 私は首を傾げました。しつけを受けた馬は、かかとでお腹を蹴って進ませるものだと思っていましたが……。
 話をしたくても、落馬への恐怖心が先立って、それどころではありません。それに、お尻が痛くならないよう、タイミングを合わせるのに必死でした。
 しばらくの間は、何を話しかけられても生返事。
 見晴らしのいいところまで坂を上っていくと、プリムさんは再び馬に話かけました。
「そこの白い花の生えてる道端で止まって」
 葦毛の馬は言葉に従いました。
 プリムさんは手綱を引いていません。
 馬を下り、オピアムの遠景を眺めながら、私は質問しました。
「動物と話せるんですか?」
「ううん」プリムさんは首を横にふります。「こうしたいとか、相手がどうしたいとかは、何となく伝わるけど」
「では、今、彼はどう思っているんでしょうね?」
「彼なんて言ったら失礼だよ」
「お、お仲間でしたか。ごめんなさい」
 私は草を食む馬に頭を下げました。
「まぁ、見てればわかるよ」
 馬は小一時間ほど草を食べつづけ、それが終わると大きなフンをし、プリムさんの下へやってきました。
 少女は馬の顔をなでながら言いました。
「ここで休むのはもう飽きたってさ」
 葦毛の馬は嫌がる素振り一つ見せず、私たちを高い所へ運んでいきました。

 日が暮れる少し前、第一の宿場がある集落に着きました。今夜はここで一泊です。
 宿場で馬の世話係をしている初老の男は、しきりに感心していました。二人を乗せて坂を上ってきた馬が全然疲れていないと言うのです。
 私とプリムさんは、大きな丸太小屋を横に四つに仕切った部屋のうち、角の一室に入りました。
 二人がそれぞれのベッドに寝転がると、プリムさんは言いました。
「さっきの話さ、別に難しいことじゃないよ。よく見てればだいたいわかるし」
「よく見ていれば……ですか」
 私は今日のことで、たくさん考えさせられました。生まれもった透視の力がありながら、動物が何を思っているのか、私には一つもわかりません。一方、プリムさんにとって動物と通じ合うことは日常なのです。
 私はプリムさんと出会ってから、自分をはじめとするエルダー人だけが特別な存在ではないような気がしてきました。
 もし、この世の誰もが特別だったとしたら……たら……ら……。

「はれ?」
 窓からさす光に、私は目を細めました。どうやら、考えがまとまる前に眠ってしまったようです。
 プリムさんはすでに身支度を終え、部屋の玄関を開けて待っていました。
 葦毛の馬は鞍をつけて、すぐそこまで来ています。
「馬(あのこ)がその気になってるうちに行かないと、余分に泊まることになるよ?」
「ど、どうして起こしてくれなかったんですか?」
「怒鳴って、ビンタして、借りてきた蒸しタオルをぶっかけたんだけど、それでも起きないし」
 慌てて鏡を見ると、私の顔は腫れ上がっていました。ヒリヒリすると思っていた胸も真っ赤です。
 旅人や宿の人にクスクス笑われる中、私はプリムさんと共に馬にまたがり、集落を出発しました。
 しばらく坂を行くと、プリムさんは小さくふり返って言いました。
「ごめん」
「いえ、起きられない私も悪いです。ただ、私も一応、年頃の女の子だということをお忘れなく」
 プリムさんが癒術学校に入学さえできれば、しめたもの……そう考えていた私が甘かった。
 彼女からは『見るとは何か』を教わる代わりに、私からは集団生活で気をつけるべきことを教えるようにしました。人は皆、教師であると同時に生徒であると、アンジェリカ学長はおっしゃっていました。その意味が少しずつわかってきたような気がします。
 第二、第三の宿場までは、背の高い木々の谷間をひたすら蛇行するだけの、単調な行程でした。

 山に入って四日目。
 樹木の高さはすっかり低くなり、ついには草原となりました。平地では見られない小さな花々が、あたり一面に咲き誇っています。
 高原のお花畑を過ぎて尾根道を少し行くと、分かれ道がありました。
 右に曲がるとヤロ湖方面、まっすぐ行くと目的地アイブライト峠です。
 ヤロ湖といえば、バーバ・ヤロと呼ばれる水龍の伝説が有名です。目撃情報は多数あるのですが、地底人と同様、公の調査陣の前に現れたことは一度もく、神の遣いとか、ただの作り話とか、昔からさまざまな説が飛び交っています。
 あの世へ還るまでに一度は見ておきたい、神秘の湖。旅人の魂が揺らぎます。でも、今回ばかりは自分の気持ちに蓋をして、ヘイゼルの宝をエルダーに送り届けなければなりません。
 私は気を引き締めるため、胸いっぱいに息を吸った……つもりでした。
 なぜだか、息が苦しく感じます。
「空気が……薄い? ウッ!?」