出会いは衝撃的に(後半)
「ブルージュというところに家があってね、そこで潜伏してるみたいよ。極秘だからね。誰にも云っちゃダメよ」
亜美香の唇が浅野の耳に触れそうになりながらの内緒話だった。耳に亜美香の熱い息が感じられると、浅野は興奮状態になった。彼は亜美香を抱きしめて口づけをしたくなり、その欲求を抑えることに相当の努力をしなければならなかった。
ブルージュというのは、メルヘンチックな街並みの中の無数の水路が美しい景観を構築していて、浅野が一度は絵を描きに行きたいと、ずっと前から願っていた場所だった。その鄙びた旧い街のどこかに、村田久彌のアトリエがあるというのだ。
「明日はお休み?」
「うん。亜美香さんも?」
先ほど注文した二人分のお茶漬けが届いた。
「ええ、明日、競馬に行ってみない?二年間休養していた或る馬がね、久々に出走して勝つという情報が入ってきたから」
「関係者からの有力情報というわけだね。そうか、面白い。行ってみようか」
浅野はお茶漬けをすすり始めた。
「でも、競馬に絶対はないというから、半信半疑というスタンスじゃないとだめよ。多いときは出走頭数が十八頭でしょ。その中で勝つということは大変なことよね」
亜美香の表情には、悲痛なものさえ感じられた。
「絶対じゃないのか。じゃあ、やめた。明日は天気が良さそうだし、絵を描きに行ったほうが良さそうだな」
「そうね。じゃあ、お絵描きにしましょ」
亜美香も締めのお茶漬けに手を延ばした。
「えっ?亜美香さんも描く?」
「油絵の道具持ってるもん」
「いいね。明日は手ぶらで行けるんだ」
亜美香は不服な気持ちを表情に出している。
「浅野さんは描かないの?」
作品名:出会いは衝撃的に(後半) 作家名:マナーモード