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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第三章(後)】

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「ご、ごめんなさい」
「プリムローズ」
 少女は自分の顔を指さしています。
「あっ!」
 思い出しました。ロックローズ邸に泊まったときに、二度も会っているじゃないですか。なんとも恥ずかしい限りです。
 彼女は総統ロックローズ三世の妹さんで、たしか十四歳……そうです、お兄さんとずいぶん歳が離れていると、驚いたものです。
 青いエプロンドレスを着た栗毛の少女は言いました。
「一人じゃ大変だろうと思って、手伝いにきたの」
「開業は明日ですよ?」
「うん。なんか待ちきれなくて」
「とてもありがたいんですけど、学校の方はいいんですか?」
「ガッコウ? なにそれ、おいしいもの?」
 プリムさん(通称)の話によると、ヘイゼル諸島に学校はなく、子供は親に読み書きを教わるのだそうです。教養は生きていくための最低限でよく、大事なのは人間として大きくなることや、仕事の腕を磨くこと、というのが古くからの島の教育方針です。
「では、プリムさんには受付の仕事を……」
「先生は治療に専念してて。受付とか、書類とか、身の回りのお世話とか、薬の調達なんかは全部あたしがやるから」
「そんなに無理をさせるわけには……」
「あたしが何も知らないと思ってるの? ローズ島の薬草採りの爺ちゃんこの間死んじゃったし、跡継ぎいないし、ヘイゼルで病気を治せるのは、もう先生しかいないんだよ?」
「……」
 私は突然、ものすごいプレッシャーに襲われました。
 北の最果ての村で診療所を開いた私は、自分の知識と能力を過信し、人々の信頼を完全に失ってしまった。逃げ道のないこの島で、それをくり返すわけにはいかないのです。
「大丈夫? 息してる?」
「プハッ……で、ではその、事務関係はすべてお任せしますね」


 第二十七話 大車輪の日々とローズ島

 新暦二〇三年 夏

 ロック島で診療所を開くことになった私は、月日が経つのも忘れて施術に励み、気がつけば夏が来ていました。
 聴診器もなければ薬草も滅多に使わない、患部にただ手をかざしているだけの癒術に、はじめは皆さん半信半疑でした。快癒した人が施術のことを近所の人に話すにつれて、私への信頼は高まっていき、今では朝の開院前に行列ができるほどでした。
 幸い、島の人々の中には、私の手に負えない病気はほとんどありませんでした。彼らは貧しい暮らしをしていながら、心は大陸の人々より満たされていたのです。病気の多くは心の葛藤が引き起こす、というのが癒術の見方ですが、改めてそれが真理であることを実感しました。
 ただ、外科手術が必要な怪我や骨折などは、癒術での治療は難しく、人々は民間療法に頼らざるを得ません。重症の患者については、どうしても腕のいい医者が欲しいところでした。
 そんなある日。診療時間の終わりに、ロックローズさんがやってきて言いました。
「カポックのことなんだけどよ」
 その男は海賊船の旗艦バーベイン号の乗組員で、剣術に長けた主力戦闘員の一人です。カポックさんはある嵐の日、港の船を守ろうとして海に落ち、海岸の岩に体をぶつけて大怪我をしました。
「脚が腐ってしまう前に切断しなければ、命が危なくなります」
「同じことを聞きに来たんじゃねぇ!」
 ロックローズさんは私につかみかかりました。
「お兄ちゃん!」
 机に向かっていたプリムさんが、ふり返って怒鳴りました。彼女は施術記録の整理をしている途中でした。
 男は舌打ちすると、手を放しました。
 プリムさんはつづけました。
「先生だって万能の神様じゃないんだからさ」
「わかってる……」
 男は歯がみすると、壁の板を殴ろうとして寸止めし、改めて小突きました。
 ロックローズさんの気持ちは痛いほどわかります。もしもここが大都市オピアムで、カポックさんがウォールズ人なら、脚を切らずに済むはずなのです。
 私も本当は諦めたくありませんでした。何かいい方法はないかと毎日頭をひねっていたのですが、アイデアが浮かびません。
 三人はしばらく黙っていました。
 ふと、診療所全体が小さく揺れました。
「あ、地震」
 プリムさんは言いました。
 ヘイゼル諸島は年に何度か地震があるそうですが、被害が出るような揺れに至ったことはないとのこと。
 地震、地震か……あっ!
「そうだ、マーシュ村のオーレン先生なら……」
「マーシュ村ぁ? あんなクソ田舎、死に損ないしか住んでねぇだろうが」
「お兄ちゃん!」
 妹が立ち上がると、兄は両手を小さく挙げました。
「わかったわかった。総統らしくすりゃいいんだろ? で、そのマーレン先生ってのは、腕は確かなのか?」
 私は咳払いしました。
「オーレン先生ですっ。去年の秋、マーシュ村で大地震があったのですが、彼はそのとき外科手術で英雄的な活躍をしたんです。自分ではオピアムの医師に劣ると言ってましたけど、私はそうは思いません」
 ロックローズさんは腕組みしました。
「ラーチのマーシュ村か。風さえよければ、二日もかからないが……」
 プリムさんが言葉を継ぎました。
「船見て海賊って思われたら、誰も助けてくれないよ?」
「そんなもん、脅かしゃ何とかなるだろ?」
 妹は両手で机を叩きました。
「いつから本物の海賊に成り下がったワケ?」
 今度は兄も引きません。
「時間がねぇんだよ! 他にどうしろってんだ!」
 ロックローズ兄妹は話し合いをつづけました。
 やがて、ウォールズの漁師のフリをして漁船で行けばバレない、ということで意見が一致しました。
 万が一にも拒否されたら大変です。
 私はオーレン先生に宛てて一筆したためました。

 それから一週間後。
 ロックローズさんは包帯まみれの部下を連れて、マーシュ村から帰ってきました。
 手術は成功。カポックさんはしばらく療養すれば、歩けるようになるとのことでした。
 ロックローズさんは、東港まで出迎えにきた私に、一通の手紙を渡しました。
 オーレン先生からでした。
『ヘイゼルの海賊を手なずけるとは、大したものだ。手術が必要ならいつでもこちらへよこしなさい』
「で、なんだって?」
 ロックローズさんは手紙を覗きこもうとします。
 私は読み終えたフリをして、さっと便せんにしまいました。
「いえ、その……今後、難しい手術はオーレン先生が引き受けてくれるそうです」
「マジか!」
 様子を見にきた人々から歓声が上がりました。
 私は次から次へと握手を求められました。
「島の英雄だ」「いえ女神様よ」「ババにも拝ませておくれ」
 悪い気分ではありません。でも、調子に乗って失敗したことがすぐに頭をよぎり、私は顔を激しく振って自分を戒めました。
「わ、私が治したわけじゃないんですよっ! 偉大なのはオーレン先生ですっ!」
 謙虚な態度をとったせいで、私の人望はさらに高まり、ますます島から出づらくなってしまいました。

 運がないと落ちこんでいたある日。私は患者の一団から、休暇を取るよう言い渡されました。
 一度は断ったのですが、「あんたが倒れたら、わしらはどうなるんじゃ」と聞き入れてもらえません。仕方なく、次の日から三日間だけ診療所を閉めることにしました。
 その日の仕事が終わると、助手のプリムさんは言いました。