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断崖

 人はなぜ、そうとわかっているのに、破滅への道を選択するのか。
いくら問いかけても、答えが出ることはない。

そちらを選んだからといって、何か覚悟ができているわけではない。

田所、おまえはなぜ選択した。

もがいても、もがいても抜けられない穴がある。

いや、田所、おまえは落ちなかったんだ。落ちたのは俺のほうだ。
もがけばもがくほど、穴は深くなっていく。穴に落ちたのは、自業自得だ。

忘れたのか、穴を掘ったのが自分であることを。
助けてくれ。

いいや、ここで息絶えろ。それが望んだことなのだから…

 透は夢を見ていた。夢の中で早く目覚めなければと、もがいていた。
カラダが金縛りにあったように動かない。車の振動が身体に伝わる。

ゆっくりだが、車は勝手に動いていた。

「まずい! 」

そう思った瞬間、透は、素早い動きでシートベルトをはずし、ドアを開けると運転席から転がり落ちた。

落ちた道路は砂利道だった。
肩から落ち、何度か身体が回転した。革のジャケットを着ていたため、大した怪我は無い。

車のスピードがゆっくりだったことが、幸いした。
車はジャリジャリと音を立てながら、ゆっくりと崖から頭を突き出し、断崖から落ちていった。

ザバンと車が水に落ちた大きな音が聞こえ、その後に、波が砕ける音がした。

断崖の先は暗く見えない。あのまま目が醒めなければ、危うくはるかの罠にはまり、海の藻屑となるところだったのだ。

 なんて女だ。俺に光男殺しの罪を被せ、事故か自殺に見せかけ始末しようとしたのか。

透はあたりを見回した。道の両側は暗い藪だった。
民家も無く、波の音以外、聞こえてこない。月明かりが無ければ、暗闇でよく見ることもできないだろう。

時折り、藪からふくろうの声が聴こえた。

海に車が落ちても、誰も気づいた様子はなかった。

そうはいえ、いつまでもこの場所にいるのは危険だった。
透は崖を背にして歩きだした。

砂利道は、海に向かって緩やかに下り坂になっている。崖にはガードレールも柵も無い。

ブレーキを掛けなければ、車はゆっくりと坂を下り、崖から落ちる。

これを利用したのだ。

 なんて女だ。

はるかの美しい横顔を思い浮かべながら、透は騙され、殺されかけた悔しさで腹ワタが煮えくりかえっていた。

 とにかく、ここから離れよう。

早足で歩き始めた。30分くらい歩くと、広い国道に出た。
夜は明けかけている。
近くに列車が走っている気配はない。タクシーで最寄り駅まで行くしか方法は無さそうだった。

時折りダンプが通ったが、タクシーはなかなか通らなかった。
財布をジャケットの内ポケットに入れていたのは幸いだった。もし、車に置いてあったら、タクシーを拾うことができない。

ひたすら歩いた。朝も早い時間だ。東京とは違って、タクシーが通る気配はなかった。

しばらくすると、透の後ろから、車の走る音が聞こえてきた。振り返ると空車のタクシーだった。
運がいい。透は、手を挙げタクシーを止めた。

作品名: 作家名:minano