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始末

 透の口の中に苦い味が広がった。

 女のために破滅の道を選ぶのか。バカ馬鹿しい。
 さっさと部屋を出て警察に通報しろ。
 はるかが死のうが、捕まろうが、俺には何の関係も無い。

そう頭の中では思っているのだが、口から出る言葉は、まるで真逆だった。

「死体を入れられる大きめの段ボールを探してくれ」

透がそう言うと、はるかは頷き、リビングのドアノブに手をかけた。

「ベタベタと指紋をつけるな。ダンボールならそのへんに積んであるだろう」

はるかは、着ていたカーディガンの袖で指を隠しドアを開けた。

「ダンボールならそこにある」

透がそう言うのも構わず、はるかはリビングから出ていった。

透は遺体のそばにしゃがみ込み、掛けてあった毛布をはいだ。
男は仰向けの状態で死んでいた。腹の真ん中当たりに、包丁が刺さっている。

ドス黒く、血が吹き出した痕が広がっていた。もし包丁を抜けば、もっと返り血が夥しかったに違いない。

遺体の上着のポケットをさぐり、財布を取り出した。中には数枚の札とカード、免許証が入っている。

「佐々木光男」

それがこの死体の男の名前だった。腰の下をさぐり、ジーンズのポケットを確認する。

部屋の鍵と携帯電話が見つかった。身元が割れそうなものは、他に見つからなかった。
光男の携帯の電源を切り、自分の上着のポケットにしまった。

 リビングのドアが開くと、はるかが入ってきた。寝室からスーツケースを探し出してきたらしい。

「クローゼットにあったの。これなら死体が入るんじゃないかと思って」

銀色の特大のスーツケースだった。未使用なのか新品のようにきれいだ。
死体の男は痩せて、小柄な体系だ。足を折曲げれば入るだろう。

「死後硬直が始まる前に早く死体を入れるんだ」

死体にかけられた毛布は薄手のものだ。スーツケースには、毛布ごと入れることにした。

死体に触るのは始めてだった。ひんやりと冷たく皮膚が硬い。死後硬直が始まっているのだろうか。

はるかに足を持たせ、透は両脇をかかえた。男はやせ型で小柄だったが、死体はずっしりと重い。

何とか体を折り曲げて、ケースに収めた。筋肉に硬直が始まっていたが、力づくで無理やり折り曲げた。
スーツケースの蓋をしめ、鍵をかける。

はるかは無表情だった。部屋が冷えているせいか、唇が紫色だ。

「マンションに防犯カメラはついてるか? 」

「いいえ」はるかは首を振った。

防犯カメラが無いのはラッキーだ。怪しまれずに、スーツケースを透の車まで運べばいい。

時間はまもなく12時30分になる。

透は、はるかと重いスーツケースを押して、廊下に出た。はるかは帽子をかぶりサングラスをかけている。
部屋の鍵を閉めた。

透がスーツケースを押して歩く。誰かに会っても、これから旅行にでも行くカップルとしか思わないだろう。

4輪のキャスターが恐ろしい音を立てて、廊下に鳴り響いた。
幸いにも、他の部屋はドアが閉ざされ、誰かが出てくる気配は無い。他人に無関心な世の中で助かったよと透は思った。

エレベーターに乗ったが、ここでも誰とも鉢合わせせずに済んだ。
道路に駐車した透の車まで運ぶと、スーツケースを2人で持ち上げ、トランクに放り込んだ。
かなり重い。車の後方が、重みで一瞬たわんだ。

幸いなことに、透の車には常時スコップが積んである。
万が一雪やぬかるみにはまった時のために、積んであるのだ。

スコップを買いに行く手間が省けた。時間の節約になる。

透は車に乗り込むと、はるかを助手席に座るように促した。

運転席に座ると、全身から冷たい汗が噴き出た。手が汗ばんでいる。

隣で、助手席のシートベルトを締めながら、はるかが口を開いた。

「伊豆方面に行ってください」

はるかは、意外にも落ち着いた声だった。こんな時は、女の方が肝が座っているのかも知れない。

「伊豆? 」

「人がいなくて埋めるのにいい場所を知ってるんです」

伊豆方面ならさして遠くない。朝には戻ってこれるだろう。
透は頷くと、車にエンジンをかけた。

作品名: 作家名:minano