蝶
協力
「この男は誰なんだ。恋人か? 」
「学生時代に少しだけ付き合っていた人です。その時に2人で撮った写真を持ち出してきて、自分の女にならないなら、写真を売るぞって脅してきて」
「それで?殺した? 」
「いいえ! わたしは、お金を払うと言ったの。だけどそれには応じなくて、関係をせまって来たんです。拒むと逆上して、殺すぞと言われて首を絞められて…慌てて逃げて、思わずキッチンにあった包丁で…」
「包丁で刺したのか」
はるかはコクリと頷いた。
正当防衛か。過剰防衛ともとれるが。
「お願いです。死体を、どこかに埋めるのを手伝って下さい。わたし一人では無理です」
透は唖然とした。死体を埋めるとは、とても正気とは思えなかった。
はるかは呆気にとられる透に構わずに続けた。
「山の中に埋めれば、死体がなければ、警察も失踪したと思うでしょう。それなら事件にはならない筈です」
「そんなことをしたって、見つかる確率の方が高い。誰にも見られずに死体を始末できるかどうかもわからない」
「他に方法が無いんです! 」
「無理だ。埋めた死体が発見されれば、余計に罪が重くなる。俺も死体遺棄で共犯だ。そんなリスク犯せる筈がないだろう」
はるかが、再度カッターナイフを持った手を首にあて、力をこめた。
「だったら、ここで死にます」
カッターナイフの先がわずかに首の皮に喰い込む。赤い血がスーっと首筋から垂れた。
はるかに、ここで死なれたところで、透には何の問題もなかった。むしろ、大スキャンダルの現場に居合わせたことになり、とんでもないスクープをものにできる。
鴨がネギをしょってやってきたようなものだ。
だいたい、共犯者になるリスクをわざわざ俺が背負うはずないだろう。
一緒に死体を埋めろとは、馬鹿げている。
そう心の中でごちながら、透は答えていた。
「わかった、協力するから、やめろ」
自分でも唖然とする言葉だった。
協力するだって? 俺はいったい何を考えているんだ。
はるかはゆっくりと、カッターナイフをテーブルの上に置いた。首の傷は、皮膚をわずかに数ミリ切った程度のかすり傷だった。