蝶
確信
いつの間にか、部屋の隅に浩一が立っていた。
写真で見たとおり整った顔立だったが、顔色は土気色で生気がなかった。
透は浩一を見て言った。
「君は姉さんに近づく光男を殺した。そして同じように俺を殺そうとした。俺に光男殺しの罪を着せるためじゃない。姉さんに近づく俺を殺したかったんだ。そうだろ? 」
浩一はまるで幽霊のように怨念のこもった目で透を見ていた。
「ああ、そうだよ。だって、あんた、前からウザかったんだよ。カメラマンだかなんだか知んねえけど、ストーカーみたく姉ちゃんのこと、コソコソとつけまわしやがって。姉ちゃんに死体の始末頼まれて、鼻の下伸ばしてんだろ。キモイんだよ、いい年したおっさんが! 」
「君はいわば被害者だ。適切な治療を受ける必要があるんだよ」
「黙れ! 姉ちゃんに近づく男は俺が全員殺してやる。おっさんもだ。死体の始末したら、姉ちゃん脅して、寝ちまおうとか、たくらんでたんだろが、このスケベ野郎! 」
浩一はそう言うと、ニタニタと薄気味の悪い顔をして、フラフラと透に近づいてきた。手には包丁を握っていた。
「やめて、浩ちゃん! 」
一瞬のことだった。包丁を握って腕をつき出す浩一の前に、はるかが飛び出したのだ。透は咄嗟に横からはるかの身体を押しやった。はるかは床に倒れ込んだ。
その瞬間、浩一の包丁が透の脇腹に鋭く食い込んだ。激しい衝撃が全身に走る。
はるかが甲高い叫び声を上げた。
透は立っていることができず、ヨロヨロとソファにもたれかかるようにその場に座りこんだ。
脇腹には包丁が突き刺さっていた。生温かい血がドクドクと腹から流れ出すのを感じた。
たいした痛みもないのに、立つことができないのが不思議だった。
浩一がこっちを見てニタニタと笑っている。
はるかが透を見て、何か叫んでいたが、よく聞こえなかった。
……はるか、君には確信があった。
俺が警察に言わないという確信が。
君に協力するという確信があったんだ
4年前。俺たちが初めて会ったあの雪の日。
あの時から、そうだ、俺は君を見続けてきた。
仕事にかこつけて、君をカメラで撮った。
まるでストーカーのように。
君は気がついていた。
俺が君を愛していると。
俺が警察に、君を突き出すわけがないと、
百も承知だったか。
…刺されたのが君じゃなくて、よかったよ。
次第に意識が薄れていく中で、透の目は、いつまでもはるかを捉えていた。