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再び

「その、お姉さんて人の名前、わかるかな」

「ええ。確か、キョウコっていったかなあ? 俺はキョウねえって呼んでた。浩ちゃん、施設で悪さばっかりしてたけど、姉ちゃんのことは大好きだったんですよ。だけど、俺らが8歳くらいん時、キョウねえが施設から出て行っちゃったんだ。多分、養子になったんだよね。そん時、浩ちゃん、姉ちゃんに捨てられたって、わんわん泣いてさ。それ以来、浩ちゃん暗くなっちゃって」

「お姉さんと浩一君は連絡取り合ってなかったの? 」

「うん、連絡は取れなかったみたいですよ。そういうの禁止されてた。だけど、いつか姉ちゃんに会いたいって浩ちゃんずっと言ってたから。それで、東京に行ったんだと思ってた。姉ちゃん探しに行ったんじゃないかって」

「そのお姉さんて、彼女じゃない? 」

透は安岡に、はるかの写真を見せた。

安岡は黒く汚れた顔を袖で拭きながら笑った。

「まさか、キョウネエが西嶋はるかって、おもしれえ。でも、わかんないっすね。もしかしてそうだったりして。俺、ガキだったからキョウネエの顔、よく覚えてないっすよ。そういや、浩ちゃんに、何で西嶋はるかの追っかけしてんだよって聞いたことあるんすよ。そしたら、何か姉ちゃんに似てっからって言ってたな。もしかして本当に、西嶋はるかが姉ちゃんだったりして」

安岡は愉快そうに笑った。ひとしきり笑い終わるのを待って透が聞いた。

「ところで、君はどうして施設に? 」

透の質問に、安岡の笑顔が消えた。

「あ、いや、答えたくなかったら答えなくていいんだけど」

「いいえ、別にいいっすよ。俺は、赤ん坊の時に親に捨てられたんです。病院の前に捨てられてたらしい。産んどいて殺されちゃう子供が多いんだから、俺は母親に愛されてた幸せな赤ん坊だったって、何度も施設の先生から聞かされてたっすよ」

「そう…松田君は何で施設にいたのかな」

「キョウねえと浩ちゃんは、父ちゃんが酒飲んで暴れるから、母ちゃんが男と出ていっちゃったんだって」

「2人にはお父さんがいたんだ。それでどうして施設に? 」

「なんか、父ちゃんがひどい暴力したらしいっすよ。それで虐待ってことになって、子供育てる能力が無いとかで、施設に入ったんすよ」

父親による虐待。DVか。

「浩ちゃんの右耳、聴こえないんすよね。キョウねえがオヤジさんに殴られそうになったのを浩ちゃんがかばったんだって。キョウねえがそう言って泣いてるとこ何度も見た」

安岡がよく喋る男で助かった。

透は礼を言い、バイクで東京に向かった。

はるかのプロフィールでは、市川市の小児科医を営んでいる両親に、何不自由なく育てられたお嬢さんということになっている。

だが子供の頃に養子縁組ということは十分考れらる。名前もキョウコから、はるかに改名したのだろう。

西嶋はるかが浩一の姉であることを透は確信していた。

恐らく、浩一は、はるかをテレビで見て自分の姉であることを悟ったに違いない。

そして、はるかに会いに行った。はるかは、浩一がベラベラと余計なことを喋らないように監視する目的で、東京の自分のそばに住まわせ手懐けていたと考えられる。

松田浩一はいわば被害者なのだろう。

はるかは、自分自身を守るために弟を共犯に利用したのだ。

テレビで見る美しく可憐で清楚な西嶋はるかは、完全に作られた虚像にすぎない。

 だが、透の胸には何かがつかえていた。

ジャーナリストにとって、客観的に事実を見つめることが大切だ。

透はバイクを走らせ風を感じながら、最初から考えを整理した。

西島はるかは、男を誤って殺してしまった。
そして、男の死体の始末に困り、俺に助けを求めた。

しかし、他人では共犯として信用ができない。そこで弟に死体の始末と俺の口封じをさせることにし、自分はアリバイを作っておいた。

だが、どうしても腑に落ちないのは、なぜ、最初に死体の始末を俺に頼んだかだ。

最初から、弟に始末させればよかったではないか。俺を巻き込んだことで、余計におかしなことになっている。

なぜだ。なぜ、俺を共犯に仕立て、そして殺そうとした。

 走り続ける透に東京のビルが迫ってくるころ、夕暮れが近づいてきていた。

そろそろ沈んだ車が海から引き上げられるだろう。浩一に会う必要がある。

 透は再び西嶋はるかのマンションに向かった。

作品名: 作家名:minano