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幼馴染

 これだけ聞ければ十分だった。

透は学生に礼を言うと、教えてもらった鉄工所までバイクを走らせた。
今もそこで働いているかはわからないが、大きな手がかりは得られた。

 町のはずれにある鉄工所は、空き地の中にポツンと立っている、こじんまりとした町工場だった。
カンカンという音がどこからとも無く響いていた。

入口からは、少し入った作業場がうかがえ、覗くと、従業員が顔にマスクをつけ、鉄を削っていた。

透は作業場にいたマスクをつけていない従業員らしき男に「すみません」と声をかけた。

「はい」男は無愛想な声で答えた。

「こちらに、松田浩一さんという方、いらっしゃいませんか? 」

男は、透を訝るような目で見た。

「あんた、誰? 」

「僕、佐藤っていいます。東京で、浩一君と友人になったんですが、彼と連絡がとれないんで心配してるんです」

透はいつもより高い声で、いかにも好青年であるかのように、少し薄笑いを浮かべてそう言った。佐藤は、もちろん偽名だった。

「それでわざわざ、うちに? 」

男は、いかにも怪しむように目を細めたが、面倒臭そうにすぐに答えた。

「浩一ならだいぶ前にやめたけどな」

「やめたあと、どうしたかわかりませんか? 」

「知らないねえ。安岡に聞いてみなよ」

「ヤスオカ? 」

「浩一と同僚だった奴がいるからさ」

男が、作業場の奥のドアに向かって叫んだ。

「おい、誰か安岡、呼んできてくれよ。客だよ」

しばらくすると、作業場の奥のドアから、油で汚れた白いツナギを来た若い男が作業場に入ってきた。
周りの先輩達を気にするように、背中を丸めている。

「安岡、この兄ちゃんが、松田のことで聞きたいことがあるんだってよ」

「浩ちゃんのことで? 」

「しばらく休憩やるから、いってきな」

「あ、はい」

先輩に促されて、安岡は透と外に出た。

「近くに公園があるんで、そこで話しましょう」

そう言われ、2人は公園まで歩いた。途中、透が缶コーヒーを買って安岡に渡した。

こじんまりした公園には遊具がなく、ポツポツとベンチが置いてあるだけだった。人影はなかった。2人はベンチに座り、缶コーヒーを開けた。

安岡と言う男は、顔にまだ少年のあどけなさを残していた。
年齢は、20歳そこそこくらいだろうか。指先は鉄を削るせいなのか、黒ずんでいた。

「浩ちゃんのことって、何ですか? 最近は会ってないですよ」

安岡が気弱そうに言った。

「安岡くんだっけ。浩一君とは、同僚って聞いたけど、高校が一緒だったのかな? 」

「高校も一緒だったけど、どころで、あなた、誰ですか? 」

「ああ、俺は、佐藤、佐藤透。東京で浩一君と…その、アプリコットってグループ知ってるだろ?実は俺もいい年して、おっかけしててさ。それで浩一君と友達になったんだけど、連絡取れなくて、困ってんだよ」

どこまで通じるかわからなかったが、透は考え付く限りの嘘を並べたてた。

「へえ。浩ちゃん、まだ追っかけてんだ。それでわざわざ、こっちまで? 」

「うん、ちょうどツーリングの途中でさ。ああ、この辺が出身だって、浩一君が言ってたなあって思いだして」

「ふーん。何だか、浩ちゃんにダチができるって、珍しいな」

透と浩一では20歳も年が違う。友達になったというのは、少々無理がある嘘だったか。

だが、安岡には、たいして疑った様子は見られなかった。

「浩ちゃんは、人見知りだから。俺が唯一のダチだと思ってた。浩ちゃんとは幼馴染なんすよ」

安岡が言った。

「幼馴染ってことは、子供の頃から知ってるってこと? 」

「うん、俺ら同じ施設で育ったから」

「そう。それで、何とか、浩一君に連絡取りたいんだけど、連絡先知らないかな」

安岡は、すぐに首を振った

「知らないっすね。浩ちゃんが2年前にこの町出てってから、会ってないから」

透は落胆した。幼馴染みなら、連絡先くらい知っていても良さそうなものだ。

ここで、万事休すか。

「佐藤さん、東京で浩ちゃんと会ったんですよね。あいつ、ちゃんと生活してましたか? 」

「ああ、うん。普通にバイトとかしてたな 」

透は適当に答えた。

「浩ちゃん、東京で姉ちゃんと会えたのかな」

安岡が思いもかけない言葉を言った。

「姉ちゃんて? 」

「施設で一緒だったんですよ。浩ちゃんの姉ちゃん」

「浩一君にはお姉さんがいたの? 」

「うん。ガキの頃、施設出ていっちゃったんすよ。浩ちゃん置いて。出ていったっつうか、まあ、養子にもらわれてったんだけど」

透は心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

「お姉さんて、何歳違いの? 」

「あんまよく覚えてねえけど、確か、2こ上くらいだったかな」

透の脳裏に西嶋はるかの顔がよぎった。

作品名: 作家名:minano