蝶
若い男
パーキングエリアで、睡眠薬入りのコーヒーを飲ませ、その共犯者と入れ替わった。
恐らく、共犯者が乗ってきた車で、はるかは東京に戻ってきたのだろう。
それなら、2時に恵比寿に現れることは可能だ。
はるかは、その後、夜明けまでシエラに居た。
共犯者はツイッターで偽の情報を流し、シエラで記者達に、はるかを目撃させ、アリバイを作ったのだ。
よくよく考えてみれば、睡眠薬で正体なく眠っている自分を、助手席から運転席に移動するには、女の力では無理だろう。
つまり、共犯者は男ということだ。
ただ、透にはわからないことがあった。
共犯の男がいたなら、なぜ死体の始末を自分に頼んだのか。
海に車ごと突き落とすより、どこかの森に穴掘って埋めたほうが、死体が見つかる可能性は少ない。
透を巻き込んだ挙句、最後に殺すより、共犯者が単独で死体を埋めたほうが、リスクが少ないことは明らかだ。
透は自宅のマンションに戻り、シャワーを浴び2時間程度仮眠をとった。
身体は疲れきっていたが、頭は冴えていたため、たいして眠れるわけでもない。
しかし休息が必要だった。まだまだ調べることが山のようにある。そのためにも休む必要があった。
しばらく、うとうとすると、テレビをつけた。
夕方のニュース番組の時間だ。海から車が発見されたというニュースは無い。
発見され引き上げられるのには時間がかかるだろう。
透のところに警察が来るまで、まだ猶予がありそうだった。
それまでに、はるかの共犯者を突き止め、警察に突き出さなければ、自分が犯人にされてしまう。
透は焦りを感じた。
机の上のノートパソコンを開き、今までに撮りためた西嶋はるかの写真を眺めた。
この中に共犯者の手がかりがあるのでは、と推測したのだ。
透は、はるかがアイドルとしてデビューした当時から、隠し撮りでスナップ写真を撮っていた。その殆どを雑誌社やプロダクションに売った。
はるかは、今までに男とのスキャンダルは一切無かった。
プライベートな写真は、全て独りでいるか、アイドル仲間または、学生時代の友人と写っている写真が殆どだ。
たまに、男と肩を並べている写真があるが、男の方は仕事関係者か、マネージャーだった。
それでも、透は丹念にパソコンに残されている写真を調べた。
人は必ず自分の真実の姿を、無意識に誰かに伝えようとする。
いくら隠しているつもりでも、心の奥深く押し殺され抑圧された真実は、必ず正体を現す。
隠していると信じているのは、本人の表層意識だけだ。
だから、嘘は決して突き通すことはできない。
それが透の持論だった。
カメラは正直だ。人間の能力では決して感知できない、一瞬一瞬の姿を捉える。
何時間パソコンに向かっただろうか。 いつの間にか窓の外はとっぷりとした夜に変わっていた。
1千枚近い写真を調べた。撮った写真全てを調べるのは、不可能に思えた。
まだ、全ての写真を調べたわけでは無いが、透は手がかりを見つけていた。
1年前の11月の写真に、アプリコットが秋葉原でゲリラライブを行った写真がある。
アプリコットの回りには、かなりの人だかりが出来ているが、その中に佐々木光男が写っていた。
透は死体の顔しか見ていないが、細い目と小柄な身体つきは光男に間違いなかった。
光男はリュックを背負い、いかにも秋葉原に居そうな服装をしている。
その少し離れた場所から、若い男が光男を見ていた。
男の年齢は20歳そこそこくらいだろうか。痩せているが、肩幅はしっかりしている。顔立ちは、はっきりとはわからないが、端正な顔立ちをしていた。
さらに2年前、テレビ局の前で、アプリコットの出待ちするファンを撮った写真がある。
その中で、入口に群がるファンから、だいぶ離れた場所に、その若い男が映り込んでいた。
その目は、群がるファンの男達を冷めた目で見ていた。
そして、さらにその前の年の12月。
アイドル仲間の友人と竹下通りを歩く、はるかを撮ったものだ。
この頃は、アプリコットは、まだ知名度も低く、原宿を歩いていても、はるかがファンに囲まれるようなことは無かった。
はるかの後方に、やはりその若い男が映っていた。
うつむいて顔がよく確認できないが、背格好と髪型からしてゲリラライブと、テレビ局の出待ちで写っていた時と同じ、端正な顔をしたあの男に違いなかった。
原宿でのその時の男は、学生服を着ていた。
詰襟の制服に特徴がある。
黒で前ボタンにエンジのラインが入っている。
「ビンゴ」透は呟いた。