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アリバイ

 東京に戻ったときには、すでに朝の9時になっていた。

 透は、家に帰らず、渋谷にある、はるかのマンションに向かった。
今までに何度か張り込んだことがあるため、場所がどこかは知っていた。

芸能人が多く住むそのマンションに着くと、はるかをどう呼び出すか考えた。

最新の設備が整っている高層マンションだ。オートロックで、いたるところに防犯カメラが設置されている。
インターフォンを鳴らしても、居留守を使われる可能性があった。

透は佐々木光男の携帯電話を、ジャケットのポケットから取り出した。

アドレス帳を調べると、案の定はるかのプライベートな電話番号が登録されていた。

光男の携帯からはるかに電話をかける。何度かかけると、はるかの声がした。

「もしもし」

「俺だよ」透は低い声を出した。

電話の向こうでは何も答えがなかった。透が生きていたことで、驚いているに違いない。

「俺が生きていて生憎だったな。話がある」

「今、下に行きます」

ホテルのように広いロビーには人の気配はなかった。フロント受付には女性が一人座っていたが、そこから見えない場所を見つけると、はるかが出てくるのを待った。

しばらくすると、はるかが部屋からマンションのロビーに降りてきた。

透はすぐさまはるかの腕を掴むと、脇の目立たない場所に連れていった。

「痛いから放してください」はるかが言った。

透は、はるかの華奢な腕を放した。

「生きてて、生憎だったな。驚いたか」

「どうして、ここに来たんですか? 」

声が震えていた。
怯えているようだった。

「一緒に警察に行くんだ」

はるかの顔から血の気が引いた。

「自首したほうが罪が軽い。車はいずれ見つかる。光男の死体もだ。警察は車の持ち主である俺を真っ先に疑うだろう。そうなれば、俺は警察に君のことを喋るぞ」

はるかは口をつぐんだままだった。

「このまま、警察に駆け込んで全部喋ったっていいんだ」

透がそう言うと、はるかが透を睨みながら言った。

「どうぞ、警察に駆け込んでください。わたしも本当のこと、証言しますから」

「本当のこと? 」

「佐々木光男を殺したのは、あなただって、そう証言します」

「何? 」

「わたしのストーカーだったあなたは、ゆうべ嫉妬にかられたように突然、光男の部屋に駆け込んできましたよね。そこで佐々木光男ともみ合いになり殺してしまった。わたしは救急車を呼んだほうがいいと主張したけど、あなたは聞かず、死体を車のトランクに入れ、どこかに始末すると言い、このことを誰かに喋れば殺すとわたしを脅した。そうですよね? あなたがどうやって死体を始末したか、わたしは知りませんけど」

いい終わると、はるかは目を伏せた。
まるで用意してあった、台詞を喋っているみたいだった。

透は思わず、ふっと笑いを漏らした。

「君に崖から車ごと突き落とされ、殺されかけたことを俺が言わないわけはないだろう。あのあと、どうやって帰ったのか知らないが、君があの崖にいた事など、警察が調べればすぐにわかる」

「あの場所は、人もいなくて、目撃者もないでしょうね」

「パーキングエリアでも君は目撃されているはずだ。警察は君のアリバイも調べる。逃げきれないぞ」

はるかは黙っていた。その表情から焦りは見えなかった。

「自首しろ」

透はもう一度、そう言った。

はるかは、ゆっくりと首を横に振った。

「わたしはゆうべ、午前2時くらいから、恵比寿のシエラ っていうバーにいたんです。朝までいました。お店の人に聞いてみてください」

「店の人間にそう証言してくれと頼んだのか。小細工したって、すぐにわかる。その時間は君も伊豆にいたはずだ」

「いいえ。わたしは東京にいました。調べてください。シエラにいたんですから」

はるかの整った横顔からは、その言葉が嘘なのか本当なのか、透にはわからなかった。

作品名: 作家名:minano