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再び桜花笑う季(とき)

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「あなたに何が解かるんです!!」
そう叫んだ三輪さくらの目は涙に濡れていた。
「私だって一緒に逝きたかった。高広が死んだ後、私自身も危なかったんだよって、助かって良かったねって、いろんな人に言われる度、助けてなんか要らなかったのにって思った。」
それを聞いて私はやはりと思った。
「解かるさ、俺だって一緒だ。何で助けたって怒鳴りたいくらいだから。だから、君の今のチャラチャラした態度が気に食わない。俺は一年余り経った今でも、翔子や穂波の所に行こうと思っているのに、君は平気で次の相手との子供のことを考えられる。しかも、彼が死んでから半年も経っていないじゃないか。」
「平気だなんて…平気な訳ないじゃない!」
私の言葉に彼女はそう叫んだ。
「俺にはそうしか見えないんだが。」
「だって、高広は『人の傷は癒えるから、心の傷だって絶対に癒えるから。』って…オレの分まで生きろって…その言葉がなかったら、私だって…」
そう言うと彼女は私に背を向けて泣いた。そして再び真っ赤な目を私に向けて睨むと、
「松野さんは奥さんやお子さんのところに行きたいんでしょ。じゃぁ、高広と代わって!高広はもっと生きたかったのよ。もう一度生きられるなら、彼はきっと一生歩けなくなったって、ううん、寝たきりだって喜んで生きてくわ。そんなこと言うんだったら、今すぐ高広と代わってよ!!」
そう言い放って、正面玄関まで一気に走って行った。
「三輪さん、待ってくれ!!」
しまった、彼女を本当に傷つけてしまった。彼女は私のようにある日突然翔子や穂波を失ったのとは違うのだ。それこそ、カウントダウンをするがごとくに刻一刻と迫る愛する者の最期と戦かってきた。それはそれでものすごい悲しみであったはずなのに…私は何でこんな不用意な事を言ってしまったんだう。私は彼女を追って力いっぱい車椅子を動かした。

私は彼女を追いかけるのに夢中になって、正面玄関の自動ドアを越えると、少しの踊り場の後に階段になっていることをすっかり失念していた。そのことを思い出した時には既に私の体は自動ドアを越えていて、勢いをつけて漕いでいた車椅子は急には止まれず、私の体は階段から宙へと放り出された。
「松野さん!」
ガシャンという音に振り向いた彼女は、慌てて私の許に駆け寄ってきた。
「済まない…あんなひどいことを言ってしまうなんてどうかしてた。」
謝る私に、彼女は黙って頭を振ると、車椅子を立て直し、そこに私を乗せた。

「ホントに済まない。」
車椅子に座ったまま私はもう一度三輪さくらに頭を下げた。
「いいえ、私も言いすぎました。」
彼女も私に頭を下げ、そう言った。
「じゃぁ、帰ります。あ、弁当!」
その時私は、膝の上に弁当を置いていたことを思い出した。見ると件の弁当は道の端に無残にもさかさまになって転がっていた。私はその弁当を取ろうと車椅子を漕ごうとしたのだが…
「痛っ!」
夢中で気付かなかったが、私は車椅子から落下したとき、手をどこかについていたのだろう。左手に力を入れると、少しだが痛みが走った。
「大丈夫ですか?何なら戻って検査を…」
「大丈夫、少し痛むだけだから。」
「本当に?」
「ええ、こんなのあの事故に比べたら、大したことないから。気にしないで。」
確かに、力を入れるまで気づかないくらいの痛みだったから、大したことはないだろう。私はそう思った。
「松野さん、今日は運転されてるんですか。」
すると彼女はこう尋ねた。
「いいえ、ここには乗ってこないですよ。ものすごい早い予約でないと、障害者スペースは空いてないですからね。ここに来るのはいつもタクシーです。」
「じゃぁ、ここで待っててください。私の車を回します。」
「そんな、いいですよ。」
「だって、タクシーで帰るにしても、降りた後があるでしょ?私のせいでけがさせちゃったし、送らせてください。」
彼女はそう言うと、私の返事も聞かずにパタパタと自分の車を取りに走って行った。彼女を無視してタクシーの方に行くこともできたが、私はそのままそこで彼女を待った。
戻ってきた彼女の車の後部座席は、既に倒されてフラットになっていた。彼女は手早く私を助手席に乗せると、車椅子を積み込んで走り出した。

「ホントにすみません。」
私は車に乗り込んでから、三輪さくらに都合何度目かの詫びのことばを言った。
「本当に、もういいですよ。私こそ、失礼なこと言っちゃいました。松野さんはいきなりご家族を亡くされたんですもんね。それに比べたら、覚悟をする時間があった私は幸せだと思わなきゃ。」
すると、彼女はこう答えた。
「あなたは前向きなんですね。私とは大違いだ。」
「いいえ、私は今も高広と一緒に居たい、ただそれだけですよ。」
そして、彼女はそう言った後、小さくため息をついてこう切り出した。
「ねぇ、松野さん…変なお願いをしていいですか?」
「何です?」
「あなたに高広の話をさせてくれませんか。」
彼女は彼のことを全く知らない私に、何故彼の話をしたいと思うのだろう。不思議なことを言うなと私は思った。
「彼の話ですか。それはどうして?」
「他の人には聞かせられないから…私が高広の話をすると、母も友人もすごく心配するんです。特に母は私がいつか彼を追いかけるのではないかって今でも思ってます。だから。」
私はその言葉を聞いて内心ギクッとした。私の場合は、本当に妻や子供の許に行こうとしているのを悟られまいとして、逆に平静を装ってしまうのだが。彼女は彼から『生きろ』と遺言されたことを守ろうとしている−そう私に言ったばかりだった。
「みんな判で押したように忘れなさいとか、違うことを考えたらとか言うんですよね。でも、私は忘れたくないし、新しいことをしようとも思わない。あなたなら、その気持を解かってくれるような気がして…ねぇ、そうだ、松野さんも奥さんやおじょうさんのお話を私に聞かせてもらえません?私に思い出のおすそ分けしてもらえませんか。」
確かに、そうだ。私が未だに妻や子供の話をすることに、周りは過剰反応する。先に逝った者は、遺された者の思い出の中でしか生きられないと言うのに。私は彼女の言葉にこくりと頷いて言った。
「じゃぁ、そうですね。三輪さんと…その…」
「高広、坪内高広です。」
「その坪内高広さんとの出会いから聞かせてもらえますか。」
「はい!」
彼女は本当に嬉しそうに笑顔で返事をした。そして、私に彼女が愛した男−坪内高広の話を始めた。