再び桜花笑う季(とき)
9.山笑う
私は、さくらに自分の気持ちを告げようと決めた。
そして私は、車でさくらの勤める病院に向かった。
病院の駐車場に車を置くと、私はまっすぐその前にある公園の池の端にある桜の木の前に向かった。この木は、この病院で生まれた三輪さくらがさくらという名前を付ける由来になった木で、坪内高広が自分の余命を知った時、彼女を託した木でもある。
見上げると、この町で一番最初に花を付けるその木には、まだ固いながら、小さな蕾がいくつもついていた。私は木に向かって言った。
「高広君、もし君があのとき彼女を頼むと言うつもりで頭を下げてくれたのなら、私に力を貸してくれないか。」
もちろん答えは聞こえてくるはずもない。しかし、ふわりと春を思わせる風が私の頬をなでた。
私は携帯を取り出して、さくらに電話した。
「さくらちゃん、今大丈夫?桜が咲いたらお花見に行こうと思うんだけど、いつが休みなのかな…」
−*−
そして、今日…私は満開の桜の中、彼女に自分の想いを告げた。
「君が高広君を忘れられないのは解かっているから。と言うよりも、高広君をずっと心の中に持っている君が好きだから…君が嫌じゃなかったら、これからの人生を私と一緒にすごしてくれないだろうか。」
「ねぇ、私なんかで良いの?私、翔子さんみたいに素晴らしい奥さんになんかなれないよ。」
すると彼女は、不安そうにそう答えた。
「出会った頃にいろいろ話したアレ、かなり美化しすぎてたかもな。翔子もホントはかなり天然だったよ。それに、穂波も君が好きみたいだ。」
「へっ?!」
私はこの間見た夢の話を彼女にした。彼女の眼に涙があふれた。そして…
「私も松野さんとずっと一緒にいたい。一緒に居させてください。」
と言ってくれた。
それから、彼女は満開の桜を見上げてぽつりと、
「高広が笑っている。」
と言った。一斉に花が咲きそろう様子を『山笑う』と表現した歌人もいる。そう言われれば、このピンクの花の波は、彼の穏やかな笑顔に似ている。
−サクラサク−
今、私の前でもう一つの桜の花が笑っていた。
−The End−
作品名:再び桜花笑う季(とき) 作家名:神山 備