小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第一章(後)】

INDEX|4ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 ブレス医師は、私が話を理解したと見るや、両手を広げて微笑みました。
「君らだって、我々と同類じゃないか」
「違います!」
「どう違うのかね?」
「それは……」
 私は反論に窮しました。今すぐ答えられる問題ではありません。
 どう返してやろうか考えていると、別室のほうから声が聞こえてきました。
 ほどなくスーツ姿の男が二人、奥のドアから診察室に入ってきました。
 男たちは私の両腕を捕まえ、立たせました。
「な、なんですかっ!」
 たれ目の太った男は警察バッジを見せた後、言いました。
「癒師が黒血病治療に関わったと、通報があった。医師法違反の疑いだ。署まで来てもらおう」
「待ってください! ブレス医師こそ犯罪者です!」
「見苦しい真似はよしたまえ」
 医師は迷惑そうな顔で言いました。
 私は刑事に食い下がります。
「私が違反したという、証拠を見せてください。話を聞いただけで通報なんて……」
 ブレス医師は白い背をこちらに向け、窓の外を眺めながら言いました。
「一つ教えておこう。君の患者を往診したのは、私の弟だ。次回の診察を断りにきた家族が、君に関することをすっかり話したそうだ」
「!」
 ああ、なんということ。施術の後、私は意識を失ったせいで、超常的なことについてはまだ口外しないよう、お願いすることができなかったのです。
「次の患者が待っている。目障りだから、さっさと連れていってくれ」
 ブレス医師はあごをしゃくって部屋の裏口をさしました。
「ともかく話は署で聞く」
 たれ目刑事に促され、私は病院を後にしました。


 第八話 謎の美男子

 暗闇の中、私は硬いベッドの上に足を抱えて座り、鉄格子越しの通路を見つめていました。人の命を救ったのに、こんなことになるなんて……癒神様はいったいどこを見ていたのでしょう。
 檻の中でパンとスープだけの夕食を済ませると、すぐに消灯。まだ有罪と決まったわけでもないのに、凶悪犯並みの扱いです。
 取り調べは明日からとのこと。癒師の旅行記のなかには、医師法違反で長い刑務所暮らしを食らった、という記述がときどき出てきます。大陸では、エルダーの癒師を弁護してくれる人など滅多にいませんから、捕まってしまったら最後、短くても一年は覚悟しなければなりません。
 そんな危険を承知の上での旅ですから、患者との信頼関係を築くことは、施術そのものよりも重要なのです。
(フォーンを出たらジンセンには寄らず、二都山道を行って西へまわりなさい)
 アドバイスをくれた、蒸気機関車の老運転士の顔が浮かびました。
 二都山道を行って高い峠を越え、半島の西岸に出ると、ジンセンに次ぐ第二の大都市、オピアムです。オピアムは大陸四カ国の一つ、ウォールズの首都。西国ウォールズは東国カスターランドに比べると、大らかであると言われています。
 西の都オピアムは、長居しない旅癒師はいないと言われるほど、定番の活動拠点。とはいえ、もしここをすぐに出られたとしても、今回の一件に懲りた私は、都会にはしばらく近づきたくありません。計画通り、北上するつもりです。
「はぁ……虚しい」
 私はため息をつきました。しょせん、一年以上たってからの話です。
 刑務所内での労働は単純すぎて頭がおかしくなったとか、囚人内で醜い派閥争いがあったとか、女同士の恋愛を強要されたとか、過去の旅行記の文面が頭をかすめます。
 さっさと違反を認めて、罪を軽くしてもらいたい。そんな気分になってきました。
「ちがうちがう!」
 私は頭を振りました。ひもじい思いをさせ、考えさせて、早く仕事を終わらせようという、警察側の策略にはまってはなりません。
 たった半日でこれですから、私の前途は多難もいいところです。
 真夜中の留置場はひっそりとしていました。この区画は女性専用で、しかも今日のお客は私一人だけ。
 鉄格子の扉を閉めるとき、担当官は言っていました。女の客なんて、娼婦か結婚詐欺かエルダーの魔女くらいのものだ、と。
 ヤニ臭い女の敵、じゃなくて中年担当官が見回りにやってきてから、かなり経ちます。そろそろ交代して別の人がやってくる気がしました。
 すると、遠くで錠が開く音がして、足音が近づいてきました。
 背の高い人影は、私の独房の前で足を止めます。
 私は首を傾げました。交代の人はランタンを持っていないのです。癒師は夜目が利くので、ほとんど明かりがなくても、何が起きているか少しはわかります。
 もう一つ奇妙なのは、彼の髪型。署内の男性職員にはありえない、長髪の影が気になって仕方ありません。
 その人は独房の鍵をまわすと、扉を開けました。黙ったままで、中には入ってきません。
 ほんのり花の香りが漂ってきました。
 影はしなやかな手ぶりで、出てこいと誘っています。もしや、男装した女担当官なのでしょうか?
 異変に気づいて警戒心を増した私は、ベッドの上で小さく固まりました。自分のものになれば出してやると、言われるような気がしてなりません。しかも女同士で?
「なにをぐずぐずしている。私は味方だ」
 劇場の語り手のような優しい……男の声がします。
「な、なんだ。やっぱり男の人……」
「何か言ったか?」
 長髪の影は聞き耳を立てました。
「い、いえ。あなたはいったい……」
「話は後だ。脱出する」
 私がおそるおそる独房の扉へ近づくと、ぐいっと手を引かれ、あとは駆け出す彼のなすがままでした。
 通路をまっすぐ行って留置場の事務室に入ると、机に突っ伏している担当官たちの姿がありました。薬草を火であぶったような匂いがします。彼らはきっと、煙に含まれる成分を吸って眠ってしまったのでしょう。
 事務所を出て、警察署本舎に通じる渡り廊下を走っている間、私は救い主の素性を怪しまずにいられませんでした。
 あの薬草はたしか、エルダー諸島の固有種だったはず……。
 署の外へ出るには、必ず本舎一階の玄関を通らねばならない構造です。昼間は騒がしかった各課受付のテーブルは、今はひっそりとしていました。街の防犯にうるさい警察も、灯台もとは暗し、といった感じです。
 ここまでの脱走は順調でした。問題は玄関です。
 ジンセンの警察署は時間に関係なく門番が二人立っています。長髪の彼はいったいどんな魔法を使って入ってきたのでしょう。
 重い扉を押し開けると、門番がさっとこちらを向きました。
 向かって右手の青年巡査が言いました。
「夜勤、ご苦労様です警部。そちらの方は?」
「釈放だ。誤認だった。駅まで送ってくる」
 申し訳なさそうに会釈する門番たちを横目に、私たちは白みかけた大通りを歩きだしました。
 謎の男はどこにでもあるスーツ姿でしたが、長髪が風になびく後ろ姿は、警部というよりは、役者か芸術家のような印象です。しかし、度重なる奇妙なやり口を見ていると、赤の他人とはどうしても思えません。
 私は思い切って話かけました。
「あの、催眠術、得意なんですか?」
「昔、習ったことがある」
 男はふり返ることなく言いました。
「もしかして、エルダーで?」
「……」
 あう、無回答。
「私も少しやるんですよ。前世の旅に付き添う時だけですけど」
「軽はずみに自分のことを口にしないほうがいい」