代償 (旧人間ドック)
貴婦人
相沢と合流する時間は正午であった。祐二は愛の今日の姿を観て貴婦人のように感じた。
白のスーツに体の線ははっきりと感じられ、つばの広い帽子を被っていた。
昨夜の彼女ではない。人は誰しも動物の姿と、人間に戻る姿があるのだと感じた。
8時に宿を出た。小田代ヶ原の貴婦人を見ようと思った。急に思いついたのである。
ドライブインからバスに乗り換えた。やはりひときわ愛の姿は目立っていた。ラフな格好の多いなかスーツ姿である事もあるのかもしれない。
バスのなかが騒がしくなった。祐二は後ろの席だったので聞こえなかったが、運転手が
「クマがいます」
と言ったらしい。
クマザサのなかを観ると、クマらしい黒い塊が動いていた。サルはここでは当たり前のように見るが、クマを観たのは初めてであった。
動物園で観るのであれば少しも恐怖を感じないが、野生のクマには恐怖を感じた。
バスが駐車場に止まった。
「クマは大丈夫なのかしら」
愛は祐二に言った。
「これだけの人がいますから、クマが怖がるでしょう」
愛は昨夜のように祐二の腕にしがみつくように身体を寄せた。
白樺の木はその名のようにここにいる彼女のように気品が漂って見えた。
多くの人たちは記念写真を撮っていた。
秋空はとても青く、澄んだ空気は体の奥まで吸い込まれて行く。自然の景色のなかに溶け込みたい。祐二はそう思った。
バスは定期的に出ていた。2人だけになりたかった。許された時間は少ない。
ハイカーたちに出会いながら、遊歩道を歩いた。
二人にとってどんな記憶が残されるのだろう。無言のまま歩き続けた。
精一杯の人生。2人の人生の終わりに向かってなのかもしれない。
そのままバス停に向かった。
車に乗り帰り道となった。余りにも愛はインパクトがあり過ぎた。祐二の心から妻の姿を完全に消し去ったのである。しかし車が走るたびに祐二の心のなかには、妻の事が浮かんで来た。
約束とは言え残酷な約束であった。
待ち合わせの場所で、まるで儀式の様に、2人の女性が入れ替わった。
ただお互いの男たちは手を振った。
相沢と合流する時間は正午であった。祐二は愛の今日の姿を観て貴婦人のように感じた。
白のスーツに体の線ははっきりと感じられ、つばの広い帽子を被っていた。
昨夜の彼女ではない。人は誰しも動物の姿と、人間に戻る姿があるのだと感じた。
8時に宿を出た。小田代ヶ原の貴婦人を見ようと思った。急に思いついたのである。
ドライブインからバスに乗り換えた。やはりひときわ愛の姿は目立っていた。ラフな格好の多いなかスーツ姿である事もあるのかもしれない。
バスのなかが騒がしくなった。祐二は後ろの席だったので聞こえなかったが、運転手が
「クマがいます」
と言ったらしい。
クマザサのなかを観ると、クマらしい黒い塊が動いていた。サルはここでは当たり前のように見るが、クマを観たのは初めてであった。
動物園で観るのであれば少しも恐怖を感じないが、野生のクマには恐怖を感じた。
バスが駐車場に止まった。
「クマは大丈夫なのかしら」
愛は祐二に言った。
「これだけの人がいますから、クマが怖がるでしょう」
愛は昨夜のように祐二の腕にしがみつくように身体を寄せた。
白樺の木はその名のようにここにいる彼女のように気品が漂って見えた。
多くの人たちは記念写真を撮っていた。
秋空はとても青く、澄んだ空気は体の奥まで吸い込まれて行く。自然の景色のなかに溶け込みたい。祐二はそう思った。
バスは定期的に出ていた。2人だけになりたかった。許された時間は少ない。
ハイカーたちに出会いながら、遊歩道を歩いた。
二人にとってどんな記憶が残されるのだろう。無言のまま歩き続けた。
精一杯の人生。2人の人生の終わりに向かってなのかもしれない。
そのままバス停に向かった。
車に乗り帰り道となった。余りにも愛はインパクトがあり過ぎた。祐二の心から妻の姿を完全に消し去ったのである。しかし車が走るたびに祐二の心のなかには、妻の事が浮かんで来た。
約束とは言え残酷な約束であった。
待ち合わせの場所で、まるで儀式の様に、2人の女性が入れ替わった。
ただお互いの男たちは手を振った。
作品名:代償 (旧人間ドック) 作家名:吉葉ひろし