ミリオンロール
僕は改めて、建物の中を見渡してみた。
「それにしても、西洋のお城みたいだ……」
僕の目に映る物は、すべて輝いて見えるほどだった。
僕はゲームマスターの指示通り、目の前にある部屋への扉に目を移した。
「この中に、他の参加がいるんだなぁ」
少し緊張はしてきたが、勇気を持って扉を開けた。
「あっ……」
その部屋はとても大きく造られていた。
奥の方は少し高く造られていて、まるで大学の教壇のようだった。
黒板にはゲーム会場と書かれていて、教壇らしく机や椅子も用意されている。
部屋のあちこちにはテーブルクロスが引かれた丸いテーブルや椅子があり、
おいしそうなビスケットなどのお菓子なども用意されていた。
だけど、一番気になったのはやっぱり……
部屋のあちこちから僕を黙ってチラリと見る参加者たちだった。
パッと見る限りでも、参加者たちの性別も年齢もバラバラであるのがわかる。
スーツ姿で胸に弁護士バッチを付けて椅子に腰掛けている男性もいれば、
最近のアニメのTシャツを着ながらお菓子を食べている外国人らしき女性もいる。
70歳くらいのおじいさんもいるし、逆に幼稚園児まで参加しているのがわかる。
って、あれ……そもそも、幼稚園児にアルバイトをしていいのか?
法律に触れるし、確実にアウトだろう。
そもそもこのアルバイト、確実に国が認めていないだろう。
ちょうどそんな事を考えていると、
一人のガタイのいい男がこちらへ向かって歩き始めた。
「はっはっはっ、君もゲームの参加者かね?」
この空気を打ち破るほどのハッキリとした大きな声で、僕に話しかけてきた。
「あ、はい、空野と言います。 短い間ですがよろしくお願いします……」
男性は右手を差し出してきたので、僕もすかざず右手を出して握手に応じた。
僕の右手の骨が折れそうなほど、強い力で握り返してくる。
彼のオーラに圧倒されてしまったのか、僕は上手く喋ることができなかった。
頭をポリポリと掻きながら、作り笑いをする。
「空野君か、よろしく頼むよ-。
僕はスポーツインストラクターをやっている近動(こんどう) 芯太(しんた)だ。
ご覧の通り指先を使うゲームが得意ではなくてね。
身体を動かす事は得意なんだが。 はっはっはっ」
元気な声で話しかける近動さんから、とても明るい人なんだなという印象を受けた。
なんとなくだけど、近藤さんなら困ったときに頼りになりそうだなと素直に思った。
「僕もそれほど自信はないですが、困ったときはお願いします」
「お互い様だよ!
体を動かすゲームなら自身はあるが、頭を使うゲームはめっぽう弱いからね。
では、他の人にも挨拶をしにいかないといけないから、
ゲームが始まったらまた話そう」
「あっ、はい。 じゃあ後でまた」
近動さんは礼儀正しく、他の人と積極的にコミュニケーションを図るみたいだ。
この怪しいゲームに参加する気満々みたいらしい。
「……あっ」
そういえば、さっき会話の流れで自分も参加するようなことを言ってしまった。
もうココまで来たからには、もう戻れないかもしれない。
ええい。
もうそうなったらヤケだ。
僕はもう、ある程度の覚悟をした。
そういえば……。
さっきゲームマスターが、他の人と話をしながらこれからのことを考えた方がいい、
とか言っていたことを思い出した。
真意はまだわからないけれど、
他の参加者と話すことでゲームの報酬が上がる、なんて可能性があるんだろうか。
どちらにせよ、このままボーッとしてても時間がもったいない。
とりあえず、近くのテーブルにいる40歳前後の女性参加者と話をしてみようか。
そのテーブルの近くまで移動して、少し様子を窺ってみる。
その女性とふいに視線が合うと、ニッコリと微笑みかけてきた。
会場が静かすぎるせいで気後れするけれども、
せっかくだから勇気をもって話しかけよう。
「すいません、僕は空野と申します。 ゲーム参加者の方ですよね。
よかったらお名前をお聞き……」
僕が名前を尋ねようとした、その時……
「あっ! ありがとうございますぅ」
会場の入り口で若い女性がゲームマスターと会話をしているのが耳に入った。
どうやらちょうど今、このゲーム会場に入ってきたようだ。
会場が静かなせいなのか、若い女性の声が建物中に響く。
「いつからゲームが始まるんですか?」
「あなたが最後の参加者なので、もうまもなく始まります」
「わかりましたぁ、ではまた後でお願いしますね!」
「では準備がありますので、後ほどお会いしましょう」
ゲームマスターが外から扉を閉めて、しっかりと鍵をかけた。
一方の若い女性は、僕と同じように感心したように部屋中を見回している。
「うわぁ、豪華だなぁ。あたしの家にはこんなのないよ」
その若い女性は、ゲームマスターが去った後でも
調度品を触りながら独り言を呟いている。
話し方からも、おっとりとした女性だということを察することができた。
「あの……」
「あっ! ごめんなさい。」
目の前にいる女性に話しかけていたことを、すっかり忘れてしまっていた。
「ふふふ、いいんですよ。
私もすっかりあの女の子に目を奪われましたもの。
元気な子がきてくれたから、これからのゲームも明るくなりそうだわ」
「はは、確かにそうですね」
その女性の上品で優しい話し方から、僕は安心感を覚えた。
「あぁ、そういえば名前をお尋ねになったところでしたよね。
ええと、私は宮代と申します。
これからよろしくお願い致します」
「こちらからもよろしくお願いします」
彼女が深々と頭を下げたので、それに釣られて僕も頭を下げる。
宮代さんも、近動さんと同じく優しそうな人だ。
僕はそっと胸をなで下ろした。
「といっても、ほとんど力になれそうにもないわよ~?」
宮代さんはどうやら少しお茶目な部分もあるらしい。
最初よりに聞いた声よりもずいぶん明るくなったのがわかった。
「それは僕も同じですよ」
僕はつまらない受け答えしかできなかったけど、
宮代さんと話すうちに他のゲーム参加者に対しての警戒心も薄まっていった。
「そうだ、私は看護師をしているの。 だから怪我をしたら任せてね!」
「そうなんですか! いざとなったらお願いします」
怪我をしそうなゲームなんてしたくないなぁと感じながらも、
宮代さんから醸し出しているこの安心感の理由が分かった。
仕事で人を癒す仕事をしているから、
普段からもその優しさがにじみ出ているのだろう。
ゲーム自体は怪しいけれど、参加者達はいい人達ばかりで本当に良かったな。
ゲームに参加してもいいのかなと思い始めた、その時だった。
キーン コーン カーン コーン♪
建物中に何かの音が響いている。
「あら、これは何の音かしら?」
どうやら宮代さんも気付いているらしい。
キーン コーン カーン コーン♪
何の音なのか、よく耳を澄ましてみる。
そういえば、どこかで聞いたような音だ。