ミリオンロール
部屋に帰るとすぐに、気持ちをかき消すためにすぐゴミ箱に手紙を投げ入れて
一度落ち着くために座布団に座った。
ふと、部屋の隅に欠けられているカレンダーが視線に入る。
「あと、3ヶ月か……」
僕が通いたいシナリオライターの養成所の、
今年度の手続きの締め切りは目前であった。
「やっぱり、あと3ヶ月で200万円も用意するのは難しいのかな……」
僕の心の声がこぼれ落ちてしまった。
自分の夢が叶うのは、いつになるんだろうか。
立ち上がり、タンスから自分の通帳の残高を確認する。
何度確認しても、やっぱり100万円ほどしかない。
ふと、ここで自分でも恐ろしい言葉が口から出てきてしまった。
「100万円ならすぐに用意できる……」
学校を卒業するまでの3ヶ月の間に200万円ものお金を稼ぐことは難しいだろう。
だったら、このアルバイトに自分の人生を賭けてみてもいいんじゃないか。
ダメならダメでまた一からやり直せばいい。
そんな恐ろしいことを考えている自分がいた。
「何を考えているんだ、自分は!」
軽く頭を叩き、心の中でしっかりしろと言い聞かせた。
だけど、やっぱりこのチャンスを諦めきれない自分もいる。
自分の中で意見が真っ二つに分かれていた。
だったら、ちょうどその真ん中をとればいいんじゃないかと
逆転の発想をしてみたらどうだろうか。
ゴミ箱からしわくちゃになった手紙を取り出して広げた。
参加するかどうかは置いておいて、とりあえずアルバイト当日にこの手紙に
書いてあるゲーム会場を見に行くくらいはいいのではないかと考えてしまった。
少し覗いてみて、自分にはできそうもないと思えば参加しなければいいんだし。
もしかすると、本当に簡単なゲームをするだけかもしれないし……。
そんな事を自分に言い聞かせて僕は横になり、そのまま深い眠りについてしまった。
そして、やってきたアルバイト当日。
カバンに着替えなどを入れて、指定されているゲーム会場へと足を運んだ。
もちろん、その中には参加費の100万円も。
参加するつもりではないと、
自分の心に言い聞かせながら一歩ずつ目的地へ近づいている。
この時の僕は、まだ知らなかった。
考えの甘さによって、大きな渦の中に自分が巻き込まれようとしていることに。
そして現在、僕は目的地の建物の近くまで来てしまっている。
「えーっと……ゲーム会場はココでいいんだよな」
僕は手紙に書かれている地図を見直して、目的地を再確認した。
目の前には、日本ではないんじゃないかと思うくらい
西洋を思わせる立派な洋館がそびえ立っている。
「こんな所で、いったい何をさせるつもりなんだ……」
とりあえず、建物の中へは入らずに外から中を確認しようと思った。
入り口の近くに窓はいくつかあるのだけれど、
それもカーテンで閉め切られていて中の様子が全く見えない。
もう少し窓へ近づけば、うっすらとは見えるんじゃないかと考えて、
一番近くの窓に近づいたその時だった。
「すみませんが……」
「わっ!?」
いきなり自分の肩を叩かれて、慌てて後ろを振り返った。
するとそこには、少女漫画に出てきそうな
顔立ちの整ったスーツ姿の男性が僕を見て驚いている。
ゲームの参加者なのだろうか、もしくは近所に住む住人かも知れない。
どちらにせよ、彼が怪しむのはもっともだろう。
周りから見ると変質者のような行動をしているのは明らかだからだ。
どんな言い訳をしようかと思いを巡らしていて、しばらく言葉に詰まってしまった。
すると、相手から意外な一言が返ってきた。
「あぁ! ゲーム参加者の空野様ですよね。 お待ちしておりました。
私はこのゲームの進行役のゲームマスターです」
「えっ?」
彼の言葉から察するとこの人がゲームの参加者ではないことはすぐにわかったけど、
それよりも僕の名前がなぜ分かるんだろうと不思議に思った。
もちろん知り合いでもないし。
ゲームマスターが手紙を送った相手の顔を全部把握しているとでもいうのだろうか。
そんな事、超人でもない限りできるわけがない。
そういえば手紙に、限られた人にだけしか手紙を送っていないと書かれていたが
関係しているのだろうか。
気持ち悪くも感じたが、それよりもゲームマスターならばこのアルバイトの
詳細を知っているはずと思い、ずっと聞きたかった質問を投げかけようとした。
「この手紙に書いてあることは本当なんですか?
簡単なゲームをするだけで本当に日給100万円も……」
ゲームマスターは僕の質問が終わる前に笑顔で素早く言い返してきた。
「はい、その質問はよく聞かれますが本当ですよ。
実際に建物の中に十分なお金も用意してありますしね。
もうすぐゲームが始まるので、質問はゲーム説明の時にお答え致しますよ」
ゲームマスターは最後まで笑顔を絶やさず、紳士的に対応した。
確かに、本来ならばもうすぐゲームが始まる時間だ。
だけど、やっぱり参加することはためらわれるから、まだ迷っていると
ここでハッキリと自分の意志を伝えておく必要があると思った。
「待ってください。 僕はまだ参加するとは決めてないん……」
僕の言葉を遮るように、ゲームマスターは一人ですたすたと
建物の入り口であろう扉の前に移動しながら、先ほどより大きな声で説明を始めた。
「では、こちらからお入りください。
会場の中には、もう何名かの参加者がいらっしゃいます。
まもなくゲームが開始されますので、
それまではご自由にしていただいて結構です。
他の参加者の方とお話をされても構いませんし、
一人でこれからの事を考えていても構いません。
まぁ、私のお薦めとしては
『他の参加者の方と話をしながらこれからのことを考えること』ですがね。
フフフ……」
ゲームマスターが最後に微かに笑った瞬間、僕の背中には悪寒が走った。
紳士的な姿や話し方には似つかわくない程の、冷たい笑みだった。
彼の笑みの奥にあるのは……期待ではなく蔑みな気さえした。
だけど、僕はそんな事を感じながらも自然と扉の取っ手に手を伸ばしていた。
この先は危ない、直感ではわかってはいるけれども……
やっぱりチャンスかもしれない、自分の夢をつかむ最後のチャンスかもしれない。
そんな混濁する気持ちを抱えながら、
厚く造られている希望か絶望の扉をゆっくりと開けてしまった。
ずっと外にいたせいか、少し眩んでしまった目をこすり、周りを見渡した。
建物の中は外観の期待を裏切らないほど、豪華絢爛に造られている。
天井にはシャンデリア、見たこともない観葉植物、そして高級そうな調度品。
僕はしばらく呆気にとられてしまった。
「そのまま、真っ直ぐ前方のお部屋へお入りください。
中には他の参加者達たちがいらっしゃいますので」
「あ、はい……」
僕はすこし小さな声で、ゲームマスターに返事をした。
「では、後ほどお会いしましょう」
ゲームマスターが言い残すと、すぐに外から扉を閉められてしまった。