D.o.A. ep.34~43
「ごめんくださーい」
中は真っ暗で、レーヤが言っていたように明かりを嫌うらしく、光源がひとつもない。
暗闇に向かってもう一度呼びかけてみる。
「いいんすか、お邪魔、しますっ、よ」
闇の中危うい足取りで少し進むと、奥の方に窓があって、外の森に漂う光の粒が、微かに誰かの影を照らした。
「――――…はぁぁ」
その人物がわずかに動いて、とても重い、こちらにまで伝染しそうな、ため息が聞こえてくる。
「……私は、とても気鬱だ。まことに憂鬱で憂鬱で仕方がない。わかるかこの気持ちが」
「…は、はあ…」
その影はこちらに顔も明かさぬまま、いきなり話を投げてきた。
唐突にそんなことを訊ねられても、ライルらとしては途惑うしかない。否定も肯定もできずに、曖昧に返す。
「いやわかるはずがない。ぽっと出の初対面のお前たちに、このとてつもない重みを理解できるはずがない。
何故この世にはこんなにも悲しみや憎しみがあふれているのだ。何故人間は殺して殺されて…
一体人間の営みは、いつになったら進歩するのだ。何故人間は同じ過ちばかり繰り返して飽きないのだ。私はもう飽いた。私は苦しい。ああ、死にたい」
「あの、一応……死んでもらっちゃ、困る」
「お前に言われなくてもわかっている。何?今お前たち、面倒臭いヤツが出たと思ってるだろう。いや思ってるね。見えなくたってわかる。
だが私がこんなに憂鬱なのは、お前たちのせいだ。お前たち人間がもっとしっかりしてないからだよ」
くどくどとした理不尽な言いがかりに、さすがに苛立ってきた。
ライルたちの時間は有限なのだ。こう愚痴ばかり言わせていても埒は明くまい。
行動に出たのはティルであった。
「―――光あれ(ライティング)」
手のひらからまばゆい光球を生み出し、それを上へ向かって投げた。
必然的に、部屋の中のすべてが明るみになって、その眩しさに一瞬目が眩んだ。
そして言わずもがな、不平を垂れ流していた人影の正体もはっきりと照らし出される。
その人物は、眩しさのあまり涙目になって、それをしきりに擦っていた。
「…うぐう、私は明るいのイヤだって言ったのに」
「……き、訊いていいかしら」
「どうぞ…」
ライルは、リノンの教会に設置されていた、十体の像のことを思い出していた。
白い石造りのそれは、皆一様に、ゆったりとした衣をまとい、それぞれが異なる杖を携え、厳しげな、あるいは優しげな顔の、長ひげの老人たちだった。
彼は信徒ではなかったが、その像を見るつど、確かに偉そうな―――悪い意味ではなく―――人たちだ、と、なんとなく畏敬の念を抱いたものだった。
「…あなた、…ほんとうに、大十術師のエメラルダさま、なのよね…?」
まさか現物をこの目で見ることが叶うとは、夢にも思ってはいなかったが。
どうやら人づてに伝わった情報とは、まことに信用ならぬものだったらしい。
「いかにも、この私が大十術師のエメラルダ=フォースである。
…なんだねその顔は。こんなのが大十術師かよとか呆れてるんだろう。だから明るいところに出るのはキライなんだ」
そこに、期待していた長ひげの老賢者はおらず。
かわりに、丸メガネをかけた、浅黒い肌の少年が、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har