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D.o.A. ep.34~43

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月が雲に隠れた、暗い夜だった。
外は木々の葉がこすれあう音だけが、闇に添えられていた。

一気に人口の増えたヴァリムだったが、怪我人が大半だった。
いまだに、歩くことはおろか、起き上がることさえ難しい人間は数多くいる。

ロノアは長く戦争がなかったから、若い兵は戦場を知らないが、先の戦いに向けた各々の心構えは立派なものだったのだ。
血塗れになるコトを覚悟し、どんな傷を負っても戦い続けようと腹を括り。
豊かな祖国を、愛する人を、化け物どもからなんとしても守ろうと、誓っていた。
それでも、まさか倒れることと餌になることがイコールになる場所が戦場だとは、思ってもみないのだった。
ある者は目の前で無残に友を殺され、その亡骸をむさぼっている悪鬼の姿を見た。
手足を潰されかけ、生きながら食われかけるという、おぞましい体験をした者もいる。

寝ても醒めても、悪夢がよぎって、震えが止まらない。
故郷の町が。父が。母が。兄弟が。
大事なすべてが炎に包まれ、悪鬼に蹂躙される悪夢を見ては目覚め、それを繰り返す。
ただでさえ弱っているのに、夢見の悪さで睡眠も満足に得られず、快復どころか命を削られている者もいた。


苦痛に満ちた、思わず眉をひそめたくなるようなうめき声が、そこかしこから上がっている。
患者たちの間を、エルフや軍医が忙しなく動き回っている。
そんな中、不思議な香りが鼻をくすぐった。
扉の前に、集落一の薬師の老婆が、水色の煙を発する陶器の三角錐を手に立っていた。

「…婆ちゃん」
「鎮痛効果と安眠効果のある香だ。とっておきだが、族長に頼まれては仕方ないからね」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、駆け寄ってきた若いエルフにそれを手渡す。
室内を見渡し、顔をしかめた。
「…ひどいもんだ」
「これでもマシになったほうだよ。飯食える人も増えてきた。粥だけど」
「元気になったら、死ぬほど働かさなけりゃ割に合わないね」
この香、町で売り出したらいくらになると思う、と老婆が未練がましく香炉をつつく。

「食べられないこともないはずなのに、全然食べる気配のないヒトもいるけど」
若いエルフは、窓際の簡素な寝床で、膝を立ててどことないところを見つめている、無精髭の男を指していった。
確かに体は包帯だらけだが、室内では健常者の部類であろう。
「そんな奴は放って…、と言いたいところだが、救える者は救えと族長が仰せだ。押さえつけて、鼻つまんで粥を口へ流し込んでやりな」
「うわッ、やだなあ…あいつ体格結構いいんだもの」

薬師秘蔵の香炉の効果はてきめんであった。
その様子を見届けると、老婆はやおら、患者を一人一人確かめるように歩きはじめる。

「どうしたんだい、婆ちゃん?」
「例のあの娘……ここにいないのかい」
「…ああ。あの子だったら、もうひとつ奥の部屋に移したよ。怪我人とはちょっと違うから。
あ、ちょっと前兄ちゃんが入っていったんだけど、珍しいね。ヒト大嫌いな兄ちゃんがお見舞いなんて。あれ、婆ちゃんも行くの?」







「…どうなんだ、婆さん」

老婆が、眠る娘の部屋に入り、扉を閉めたと同時に、目もくれず開口一番、青年はそう抑揚のない声で問うてきた。
蝋燭の質素な炎に照らされた顔は、黒い髪の陰に隠れ、表情はわからない。

眠る娘は、かつてエルフの里を訪れたことのある、ロノアの兵士だと、老婆は記憶している。
確か、世話を焼かされた緑髪の娘との会話から、名はロロナといったはずだ。
彼と娘の間にいかなる関わりがあったのか、興味をそそられないでもなかったが、訊かれたことにのみ答えを返す。

「あの緑髪と違って、この娘の肉体は毒におかされ過ぎていた。正直、こうして息があるだけでも奇跡さね」

そして、ロロナというこの娘は、ヴァリムの門外不出の毒薬の被害者の一人である。
この毒を食らった者は相当数いたが、彼女以外が皆、処置を受ける前に、または処置の甲斐なく死んでいった。
ただ、この娘も、はたして生きているといえるのか、微妙なところであった。
黒髪のエルフ―――ガーナットは、その回答を聞き、そうか、と低くつぶやく。

「お前がヒトの娘を気にかけるなぞ、珍しいこともあるものだ。まさか惚れているというのじゃなかろうね」
「違う」
にべもなく即座に切り捨て、彼はロロナから窓の外へと首をそらす。

「この娘には借りがある。俺はヒトが嫌いだが、恩知らずにはなりたくない。…それに」
一瞬だけしまった、という顔をして、言葉を途切れさせる。眉間のしわをより深くし、拳をかためる。
「…なんでもない。回復の見込みはないのか」
「期待はせず…見守るよりほかはない」

薬師はあえて追求せず、そして歩み寄ることもなく、扉の前でロロナを見つめる。
以前目にしたときより、当然ながら、ずいぶんやつれた、と思った。
とざされた青い唇。胸がわずかに上下し、まぶたは微動だにしない。
心臓は動いている。少ないが呼吸もある。だがそれだけ。
これを、生きていると、はたして称してもいいのだろうか。

「…婆さんがそうなら、俺にできることも同じか」

――――頼むエルフ。この娘を、俺の部下を、助けてくれ…!

あんな目の者を、初めて見た。
おのれの事など一切顧みることなく、ただ部下を助けようとしたあの軍人に、心動かされたのだ。
手は尽くす、と応じれば、その男は軍式の敬礼をとると、再び戦場へと戻っていった。
今、あの男は一体どうしているだろう。
戦いをこえて、生き延びているのか。
それとも、部下を助けられるという希望を胸に抱きながら、散華してしまったのか。

風はやみ、森のざわめきが静まって、いつの間にか雲から月が顔を出している。
月光に照らされた少女はあまりにも儚く、ふとこのまま目を覚まさずに死んでいくような気がした。

「…あんな男の思いを、無碍にするな。…必ず、生き延びろ」

だから、気付けば、存外にせっぱつまった声色が、喉から零れ落ちていたのだった。



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作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har