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D.o.A. ep.34~43

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Ep.43 Interlude‐2‐




ロウディアのかかげた銀色のつるぎが、振り落とされる。
薄い球体の中で、何かを叫び続けていたライルが、リノンが、ティルが、音もなくこの場から転移したのは、その瞬間だった。
標的である賢者に恐れはなく、むしろ、笑みすら浮かべていた。
三人を、この絶望的状況から脱させることができたのだ。じゅうぶんだった。
その刃が眼前に迫ったとき、何者かが割って入り、賢者の身に覆いかぶさってきた。
必然的に、そのするどい切っ先を受けるのは、エメラルダではなく、その何者かの背中で―――

「……!」
視界で銀色が躍る。
地面に押し倒され、打ちつけた頭の痛みなど忘れるほどの衝撃を、賢者は受けていた。
温かい体から、赤色が、弾けて流れて。
「エメラルダ、さま…」
吐息のようなささやきが耳にかかる。

レーヤ。なぜだ。
―――私には、そんなコトは、いらないのに。いらなかったのに。

「…守れた…」
頼りない背にそっと触れる。ぬるい液体が手のひらにまとわりついた。


だがロウディアには、そんなことより、背後で突如掻き消えた三人の方が、遥かに重要だった。
振り返れば、この後すぐに手にかけるつもりだった者たちが、忽然と姿を消しているのである。
そこでようやく彼は、エメラルダの笑みの意味を悟る。
頭に血が上ってゆき、その気持ちのままに、賢者の胸倉を引っつかんだ。上に乗っていた子供の体が、どさりと地に落ちる。
「畜生がァ!!テメェ、奴らを何処にやりやがった!地の果てでも追いかけて殺す!絶対にぶっ殺してやるッ!」
まさに、怒髪天を突く勢いで声を荒げた。
はらわたの煮えたぎるような激情による罵声を浴びながらも、エメラルダはまた、微笑した。

「…さて、ずっとずっと遠いところだろうな」
「!…テメェ、立場わかってんのか。そのすましたツラ、今ここでバラバラに引き裂く事に、俺は微塵の躊躇もないぜ」
血に濡れた刃をエメラルダの首筋へ当てる。しかしそれでいてなお、エメラルダの顔には微塵の恐怖も浮かばない。

「立場をわかっていないのはお前の方だ、若造」

―――全方向から長いものが、ロウディアに向かって瞬時に伸びてくる。
腕、腰、胸、首などいたるところにそれは強く巻きつき、賢者と彼を引き剥がした。
生きているように、締めつけてくる。足が地から離される。
まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のごとく、気付けは甲冑につつまれた身はとらわれていた。
「最初に言ったと思うよ、ここは私のテリトリーであると」
太い植物のつただ。
森の木々一本一本は、エメラルダの魔力に干渉を受けて支配されている。
賢者の意思によって、それがロウディアの自由を奪っているのだ。

「…で?これが、何?」
確かに強く締め上げられているが、彼の力を以ってすれば、逃れることは難しくない。
あざ笑って告げると、エメラルダはひざについた汚れを払いながら立ち上がって、とらわれたロウディアへと歩み寄る。

「…この程度、すぐにどうにでもされるのは、知っているよ。だから」
いつものように指の関節でメガネを上げると、兜の奥を見据える。

「―――取り引きをしよう。古代クォード三宝具の一、アールヴヘイムをくれてやる。代わりに魔物たちを連れて退け」
「……」

ロウディアは沈黙したが、悪くない反応だと感じた。
クォードは、旧クォードの遺産を求めていたのだ。
たとえ戦力を集めていただけであったとしても、クォードがクォードたらんとするには、三宝具をその手中に収めずにはいられぬはずだった。
不意を突かれて少しの間言葉を失っていたロウディアは、肩を震わせはじめる。

「ふ、クク…。…それが取り引きとして成り立つと本気で思ってるなら、今ここで、賢者の二つ名を返上しな。テメェは阿呆だ。
俺はテメェをぶっ殺す。そしてアールヴヘイムを奪う。あいつは俺を攻撃できんようだしな。それで済むのに、何故わざわざ退く必要がある」
「私を殺して、ここから出られるとでも思っているのか」

間断なく告げると、肩の震えはぴたりと止まる。

「貴様は戦いで“力”を二度しか使っていない。ライルを吹き飛ばす程度の力。高速移動のための風。たったそれだけだ。
なぜなら貴様は、先程の結界破りで相当消耗したのだ」
「どうかな」
「私の命が果てると同時に、さっきの結界が再び展開される仕組みだ。…閉じ込められたら二度は破れまい。
お前は私を殺し、アールヴヘイムを手に入れても、醜い悪鬼ともども永遠の闇を彷徨うのだ」
「………」
「しかし、潔く退くなら、お前が失うものは何もない。どうだ。立派に取り引きだろう」

エメラルダの言っている仕掛けが実在すると証明する手段は、今ここでエメラルダの命を絶ってみる以外にはない。
賢者を殺害しても、もしかしたら、何も起きないかも知れない。
しかし、疲労しているのは事実であり、もし結界が展開された場合、脱出が困難であるのも事実だ。
そしてその半々の博打は、負う必要にせまられていないリスクである。
ただ、彼の意地の問題だけだった。
兜に隠れた表情は、きっと、この上ない怒りと苛立ちにゆがんでいるのだろう。
「………いいだろう、その条件飲んでやる」
長い沈黙の後、ノーリスクを選択した彼を縛っていたものが、するすると解かれていく。
解放された彼は、レーヤの傍らのアールヴヘイムの首をつかみ上げた。突然の行動だったが、一切の抵抗はなかった。
鳴くことすらしない様は、借りてきた猫のようだ。

「いつかこの借りは、数百倍にして返してやる。死んだほうがマシだと乞うくらいにな」

身をひるがえし、オークたちと共に消える寸前、鬼のような兜が憎々しげに吐き捨てる。
完全に気配が消え、気付けばエメラルダは血がにじむまで手のひらに爪を食い込ませていた。



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作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har