小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

D.o.A. ep.34~43

INDEX|34ページ/34ページ|

前のページ
 



湿った、かび臭い空気が、相変わらず鼻につく。
地下牢への階段をゆっくりとくだりながら、キルフィリアはおもわず眉を寄せる。
そして、目指した場所の前まで到着したと同時に、ため息が漏れる。

鎖で厳重に繋がれた巨体。
かつては手負いの獅子のようだった気の滾りはいまやすっかり崩れて、もはや人形を閉じ込めているようだ。
申し訳程度に出された食料にはおろか、水にさえ一切手がつけられていない。
しかしこの男が、こんな様になり果てたのは、飢餓のためでは決してなかった。
明らかな敵である彼女という存在が、鉄格子の内側へと踏み込んできても、ぴくりとも動かず、頭を垂れている。

「…なによ、ソレ、なんなの」

巨体を見下しながら、キルフィリアは吐きすてる。
その胸に湧き上がってくるのは、落胆と苛立ちだ。
武成王ソードが、一人の女によってここまで腑抜けてしまったことが、たまらなく不愉快だった。
幾度口汚くののしられても、殴られても、無反応。
死にかけでも、少しは動作を見せるだろうに。
それでもこの大きな男は、確かに生きている。
しかし、このまま水さえ摂らずにいれば、徐々に渇いて動かなくなっていくのだろう。

キルフィリアはおもむろに、机上に置かれたコップを持ち上げる。
中身を口にふくむと、まるで死んだように動かぬ巨漢の前でしゃがみこんだ。
そして、彼の鼻をつまんで顔を持ち上げると、唇を重ね合わせる。
開かせた唇の合間から、少しずつ水を流していく。
端から流れ落ちた分はあれど、やがて口内に抱えきれなくなった水が喉へ落ち、喉仏がわずかに揺れた。
ふと、今この男はどんな表情でいるのだろう、とうすく目蓋を上げた、その時。

「――――!」

するどい痛みを覚えて、彼女は唇をはなした。舌が深く切れていて、口内に鉄錆の味が広がる。
―――噛み切られた。
唇に触れながら、人形のように動かなかった男を見据える。
至近距離でかち合った藍色の双眸は、ロノア王の死以来の激情を宿していた。

―――これだ。
この、他者を殺せそうな目を求めていた。

「フ、フフッ……あはははははッ」
たまらなくなって吹き出す。
ついさっきの、鬱陶しい気分は跡形もなく消えて、歓喜と興奮で笑いが止まらない。

(いいわねえ…嬉しい。あんたの心は、闘志は、まだ死んでいない)

血走った両眼が、炎のような熱をはらんで、キルフィリアを射抜いている。
背筋がぞくりと粟立つのを自覚する。
鎖で囚われているのが惜しい、と思った。
この誇り高い怒りの獣を、今すぐ解き放ちたい。
彼女はその誘惑に抗えず、魅入られたように拘束具へと指を伸ばす。


鉄の温度を感じ取った瞬間、その燃える瞳が、閉ざされた。
頭がガクンとうなだれる。
そしてその時、キルフィリアは、おのれが夢見心地でしようとしていたことの重大さに気がついた。
さっと手を引っ込め、冷たさののこる指先を、胸の前で握りこむ。
背後で誰かの気配を感じたような気がして振り返るが、誰もいない。

―――誰かに、見られていたか?
否、まあいいだろう。別段何かをしでかしてしまったわけではない。
ソードへ向き直ると、その体からは一時のエネルギーはまったく感じられない。
気を失ったか、眠ったか。水を得たことによって、緊張が解けてしまったのかもしれない。
なんにせよ、とキルフィリアは微笑む。

この男は死なせまい。
どんなに死にたがったとしても、誰より自分が、この男を生かしつづけよう。
遠いか近いか、まだわからぬ未来を描いて、彼女は傷だらけの頬を撫で下ろした。


「そして、いつか、続きをしましょう」
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har