D.o.A. ep.34~43
静寂。
アルは、飛ばなかった。
それどころか、レーヤの肩から微動だにさえしない。
ゆくことを拒んでいるかのように、首を振るわせる。
「…なぜ。どうして……アル…?」
こんな事は今まで一度もなかった。
どんな時でも、アルはレーヤの声に従い、光になって飛んでくれたのに。
「いってよ、いってくれなきゃ…」
「おい、ガキ」
必死で呼びかけているうちに、男はレーヤの前に移動していた。
「に、逃げろ!!」
ライルの脊髄反射のような忠告も遅く、ロウディアはその足を、容赦なく小さな体に埋め込んでいた。
そのままゴミのように蹴り飛ばす。
気絶しかねないほどの痛みで、レーヤは起き上がることもできず、腹を抱えて苦悶に喘いだ。
「邪魔すんじゃねえよ。なにがアールヴヘイムだ、驚かせやがって」
「て、テメェ…ッ」
怒りが腸の底でふつふつと煮え立っていく。
「あんな子供にまで…!」
顔が熱い。耐えがたい激情が熱をはらみ、体温を上げるまでになっている。赦せない。
柄をひっつかみ、飛びかかろうと地を蹴った途端、電気を帯びた膜に弾かれる。
「な、…またッ、」
よく見ればさっきとは違い、その膜はシャボンのように球体だった。
ライルとリノンは、いつの間にか球体の中に閉じ込められている。ティルも同様だった。
さっきはライルを守るべく使用された術によって、今は行動がまったく封じられていた。
「エメラルダさま、ここから出せ!出してくれ!」
破れそうな薄さなのに破れない。
大十術師エメラルダの防護魔術は、指の先さえ外に出すことを拒む。
「あくまで守りとおすってか?だがあんたを殺せば、あれも当然破れるよな」
膜越しに響いてくる。切なる気持ちで今すぐ飛び出していきたい。しかし、それが叶わない。
『ライル、リノン、ティルバルト。よく聞け』
それでも何とか出ようともがいていると、突然、エメラルダの声が何処からともなく聞こえてきた。
『この中しか聞こえないようにしている。―――いいか。今から、お前たちをある場所へ転移させる』
「!」
確かに、それは望んでいた事だった。
しかし、今そんなことをしたら、エメラルダとレーヤは、どうなる。
あんな非力な身一つで、ロウディアという悪魔のような男に立ち向かうつもりなのか。
させない。そんなことをさせてなるものか。
電撃の痛みに蝕まれながら、ライルは必死に膜へ拳を叩きつけ続ける。
「エメラルダさま!たのむ、お願いだからッ!!」
ゆがんで見える外では、まさにエメラルダの目前で、ロウディアがその手にある剣を振り上げんとしている。
「さらばだ。――――健闘を祈る」
憶えのある、浮遊感。
そして、目に見えるものがすべて、さらさらと砂のように崩れ去っていった。
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har