D.o.A. ep.34~43
どこか遠い場所で、あの鳥が鳴いている。
いつの間にか、レーヤの姿は視界から消えていた。
戦っているうちに、ずいぶん移動したので、自分が離れたのか、レーヤが離れたのかは判別しがたい。
最後の一体を苦戦の末に斬り伏せ、口端をつたう血を乱暴に拭う。
一緒に戦おうといったのだ。早く合流しなければ。
背後にそびえたつ巨木に身を寄せ、彼はいやに激しい鼓動を抑え付けるように、胸のあたりを握りしめた。
こんなに動悸が落ち着かない理由を、彼は理解している。
―――近いのだ。
もっとも巨大で恐ろしい、何者かの気が。
それを一辺たりとも隠すことなく、迷路のように深い聖域をのさばり歩いている。
心の臓は、気配が濃厚になってゆくにつれ、容赦なくライルの胸を内側から叩く。
徐々に地面がグニャグニャと泥になる。
自分のものと重ならない、二つめの鼓動が、体内から聞こえてくる。
早鐘に押し出された血流が、皮膚の下で、蛇のようにのたうちまわる。
そんなものは錯覚だろう、と思いたかった。
けれど、ひどく気分が悪い。ドクドクとうるさくて、他の音が掻き消える。体が熱を発して、思考がままならない。
ふと、熱い頬に風が触れる。
ふわりと撫でるようなそれに、なぜか背筋が凍りつくような寒気をおぼえ、とっさに右へ跳んだ。
直後、確かに空気を切る音が間近に聞こえ、先程までもたれかかっていた巨木の幹に、棒状のものが突き刺さった。
着地した瞬間、ついさっきまでライルをさいなんでいた熱が霧散した。
目の奥には疼痛がかすかに残るが、息苦しさはなくなり、顔や背に冷や汗をびっしょりかいていた。
呼吸を整えながら、左側を見やる。
槍の投擲であった。
がさがさと森をかき分けて、やがて再び、オークの群れが眼前に姿を現す。
まともに戦えば、とうてい勝ち目のない数だった。
巨体のオークは、パワーは凄まじいが、狭いところではそれを活かしきれない。
まずそこに誘い込んで、一度の相手を少数に割く。
あくまで立ち向かう構えをみせながら、周囲の状況をさっと確かめる。
最も突破がたやすい方角をさだめると、地を蹴る。
突然の挙動に驚きながらも、逃げる獲物を木々をくぐりながら追いかけてくる悪鬼が視界の端に見えた。それでいい。
誘い込んで、自由の利かない中一気に勝負をつけてやる。
進行方向に、ライルを捕らえんと巨体が立ち塞がる。ライルはすばやく腰を落とした。
怯ませるべく脚を――――
「――――!!」
その刹那、眼前のオークの首が、刎ね飛ばされた。
微少だがライルにも及び、鼻の頭と頬が浅く裂ける。
首は大木に激突し、無残につぶれた。
頭部をうばわれた肉体は、切り口から血を噴き出してバランスをくずすと、仰臥するように倒れ痙攣している。
騒いでいた悪鬼どもが、水を打ったように静かになり、まるで道をあけるように割れていく。
―――直感する。
…とうとう来た。
聖域を侵す侵略者たちの中で、一人異質なほど卓越した力の持ち主が。
金属的な音で、その主がライルとの距離を縮めてゆく。
全貌をおおいかくす、角のついた兜をかぶった、動く白い甲冑が、木々の間に垣間見える。
助けられた、などと楽観できるほど、彼は能天気ではない。
白甲冑の人物は、オークに手を下したにもかかわらず、殺気は依然ライルに向けている。
ホコリを払い除けたに等しい動作だったのだろう。
賢者が、戦えば確実に死ぬと警告したその敵は、間違いなくこの人物だ。
ここまで圧倒されたのは、初めてであったかも知れなかった。
トリキアスにも、ソードにも、あのトライディザスターにさえ、ここまで気圧されたことはない。
なぜならば恐怖の主因は、白甲冑が持つ、底知れぬ力ではなかった。
それも要因には違いないが、なによりライルを追いつめたのは、その全身からみなぎる感情だった。
(…なんだ、あいつは)
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har