D.o.A. ep.34~43
「よォ。こーんなステキなトコに隠れてやがったのかよ。道理でなかなか見つからんワケだ」
兜を距て、くぐもった口調だけは、ずいぶんと気安かった。
まわりの魔物どもは、音を立てることを恐れるように静まりかえっている。
魔物をここまで服従させている事は驚嘆に値するが、そんな事はいっそこの人物を前にすれば瑣末事であった。
「…誰だ、お前は」
憎まれている。
単純なその感情が、こんなにも恐ろしいのだと、はじめて知った。
兜で全貌を隠しているが、声から察するに会ったことなどないはずだ。
「知る必要は無い」
声を変えているのか?
だとしても、自分は、ここまで他人から憎悪されるほどの何かをしでかしたことがあっただろうか。
「―――テメェはここで死ね。テメェの存在は、この世にいらねえ」
それは、血がしたたり落ちるような悪意のみがこめられた科白だった。
手のひらを向けられる。
「…!?」
凄まじい風が、ライルの体を地面から吹き飛ばす。突然の攻撃に受身すらとれず、彼は巨木に叩きつけられた。
立ち上がるいとまも与えず、即座に白甲冑は地を蹴った。
剣を腰に下げているが、それを抜く様子はなく、籠手に覆われた腕を伸ばした。
とっさに得物をかまえて防ごうと動くも、掲げる目測を見誤った。
「ぶ、グァ、う!?」
鉄の拳がライルの頬を殴り飛ばした。体が、まるでボールのように飛んでいく。
倒れ伏す彼にのしかかると、顔面を手のひらで押さえつけて力を加えていった。
「―――――」
ミシミシと骨がきしむ。それは痛みですらない、どうしようもない恐怖だった。
声を上げることさえままならず、顔面がつぶされていって、―――死ぬ。
白甲冑は宣言どおり、何の無駄もなく、ライルを死に至らしめるに違いない。
「ぁ――――が…」
「このまま中身撒き散らして、蟲みたいに息絶えろ。怨むならアライヴを怨むんだな」
アライヴ―――!
その単語が、ライルに思わぬ力をわき上がらせた。
顔面を圧しつぶしていた腕をがしりとつかんで、引き剥がさんと押し上げた。
完全に油断している白甲冑は、意外な抵抗の強さにわずかながら息を呑む。
そこを、比較的に自由だった脚を上げて、白甲冑の腹を渾身の力で蹴り飛ばした。
硬い鎧に守られた腹に加えた一撃は白甲冑にさほどのダメージを与えはしなかったが、怯んだ隙は体勢を立て直すにじゅうぶんな時間だった。
切っ先を首に。
呼吸も忘れて白甲冑に近付き、首から兜越しに斬り上げる―――が、浅い。
深く入る直前に後ろへと跳躍されたせいで、白甲冑には角の兜に一本のキズが刻まれただけだった。
「俺は、…アライヴのためには、死なない……ッ!」
息を乱しながら絶叫する。
絶叫しながら、決意をかためた。
―――自分は、ライル=レオグリットだ。
相手がたとえ誰であろうと、アライヴを殺すつもりでむかってくる者にだけは、絶対に殺されてなどやるものか。
殴られたときに口内を切ったために溜まった血を、唾液といっしょに吐き出した。
「ッハ!おもしれえ。…なら、俺はアライヴのためにテメェを殺してやる」
白甲冑はせせら笑い、兜の傷を撫でた指で、するどく睨めつけるライルを指した。
そして、周囲ですっかりおとなしくなっている悪鬼たちに命じる。
「豚ども、働け。そいつを死なねえ程度に痛めつけてから、俺の前に連れて来い」
「……!」
水を得た魚のように騒ぎはじめる。白甲冑の言うとおり、それこそまさに、豚のように鳴きながら。
―――戦えば死ぬ。
エメラルダの言葉の真意は、戦えば圧倒的な力でひねり潰されるだけ、という意味ではなく。
白甲冑は、まともに戦う気などなかったのかもしれない。
ただライルに、より大きな絶望を与えながら殺したいだけなのだ。
そのためなら、どんな手段でも使う奴なのだという、警告であったのか。
きっと、とどめを刺す直前、嗤ってこうのたまうだろう。お前はアライヴのために死ぬのだ、と。
(…冗談じゃない、俺は)
――――生きる。
絶対に、奴の思い通りになどならない。
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har