D.o.A. ep.34~43
足音を殺しながら、深い森を、迷いなく駆け抜けていく。
少年にとって、ここは長らくの庭であり、世界そのものだった。
もはや一心同体と称しても過言ではない、左肩の白い鳥とともに、神経を限界まで研ぎ澄ます。
己が優に5倍はあろうかという巨躯を誇る化け物。膨れ上がって大気を震わせんばかりの強大な闘気。
未知の場所から訪れた、二度目の侵入者。
しかも、肌を焦がすような、明確な悪意と敵意を隠しもせずにやってくる。
恐怖がないわけではない。
ただ少年には、恐れを上回る使命感があった。
「…!」
レーヤとアルの感覚に、何者かの接近が引っかかる。
特異であったのは、その人物には警戒の姿勢こそあれ、先程まで感じていた灼けつくような殺気がないことだ。
息を殺していると、やがて木々の合間に、その人物の気配を察知した。
レーヤと違い、慣れない森の中で、幾度か太い木の根につまずきそうな、危うげな足取りだった。
純白のアルが目印となったので、レーヤをそう手間取らずに発見することができた。
駆け寄ってきた人物が、つい先程までそばにいたライルだと気付くのと、レーヤに目線を合わすようにしゃがみこみ、親指と中指を眼前で丸めるのは、ほぼ同時だった。
―――そして、その中指を、抜けるような白い額にびしりとぶち当てた。
「…ッう!?」
予想外の痛みにわけがわからず、レーヤは額をおさえてまたたきを繰り返した。
見つめ返す淡い緑色の目に乗っかった眉の真ん中には、剣呑なシワが寄せられていた。
「…?…?」
「この大たわけっ」
小声だが、確かに怒りを帯びたライルの声に、レーヤは小さな肩をびくりとはねさせる。
「お前みたいな小さいのが、たった一人で何しようってんだ。死ぬ気か」
「ぶ、ブジョク、だ。ぼ、僕、たたかえ、る」
「一丁前に何言ってるこのスカタン、そんなに震えてるクセに」
彼に細い手首をぐっとつかまれ、その時レーヤははじめて、おのれの状態を理解する。
ごまかしが利かないほどに冷え切った指先が、小刻みに揺れている。
どれほど決意をかためていても、いざせまりくる恐怖に抗うのはむずかしい。
ましてや、容赦のない殺意を向けてくるような相手など、もちろんレーヤは会ったこともないのだ。
「一緒に戦おうレーヤ。お前の大事な人と場所を、一緒に守ろう」
手首を握っていたライルの手が、小さな手を包み込む。
その微笑みに、温度に、どこか安堵を覚え、胸があたたかいもので満たされる。
それが「嬉しい」という気持ちであることを、幼い少年はまだ、知らなかった。
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har