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D.o.A. ep.34~43

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鬱蒼と群生する木々が、相変わらず重たげに天を覆っていた。
おや、と違和感をおぼえる。
ここが地底である以上風など吹くはずもなく、来た時にはしんと静まり返った木々が、まるで死んでいるようだった。
ところが、今は、その森がかすかにざわめいている。
木の葉が揺れているのだ。

ビリ、ビリリ、と、布を少しずつ引き裂いていくような音がまぎれ、ざわめきが徐々に大きくなっていく。
「風が…」
頬を撫でていく空気の流れが、言いようのない不安を掻き立てる。
「なあ、何なんだよ。エメラルダさま、あんたの結界、どうなってんの?」
「…バカな」
細い面に脂汗をにじませ、エメラルダは信じられないとこぼす。
布が裂けていく音はすなわち、結界が裂けてゆく音だというのだ。
「一体何者が来たというんだ?」
目を閉じて結界の内部を見通している賢者に、ティルが苛立ちながら訊ねる。
結界を破るという行為が、困難かそうでないか、ライルたちにはわからない。
ただ、エメラルダの反応から、結界の強度をはかるに、恐らくは破られるはずがない、と自負していた事は間違いなかった。
「答える必要はない」
が、ティルの問いかけに、まぶたを上げたエメラルダは回答を拒否した。

「…もはやかかわりのないこと。今からこの場を去るお前たちにはな」
「ちょっと待ってくれよ、エメラルダさま、やってくる奴に一人で立ち向かうってのか?そんなコトはさせられない!
もともとそいつ、俺たちを狙ってやってきたんだろ」
抗議など歯牙にもかけず、広げられたエメラルダの手のひらは、青緑に発光している。
漂っている光の粒子と同じ色だった。

「事態を何も理解していないのはお前たちのほうだ。 …特にライル。―――奴と戦えば、お前は確実に死ぬ」
「奴、って」

直後、堰を切ったように、突風が吹き込んでくる。同時に、布を勢いよく破り切るような、耳障りな響きがこだました。
ライルはリノンやエメラルダを庇い立って踏ん張る。今にも吹き飛ばされそうな、荒々しい風の中、目も開けていられない。
木の葉が、凄まじさに負けておびただしく巻き上げられてゆく。
やがて風が弱まっていき、次に眼をひらいたとき、あれほど鬱蒼と茂っていた木々は、その葉や枝をずいぶんと散らして失っていた。
視界を隔てるものが減り、垣間見える黒い天には長大な亀裂がきざまれ、その先に更なる闇をのぞかせている。
「結界が……」
ずっと遠くで、かつて幾度となく耳にした咆哮と唸りが、不気味に上がる。
複数のオークたちをも連れて侵入しているらしかった。
「私の結界を、力ずくで……」
予兆があったとはいえ、やはり心血を注ぎ込んで作り上げた結界が、こうも短時間で破られてしまい、エメラルダは衝撃を隠しきれないようだった。
けだものたちの気配と、それを凌駕する何者かの気が、絶え間なく近付いてくる。

「…僕、行く」
不意に、銀色の小さな頭がすすみでた。
肩を止まり木とする、純白にかがやくアルが、賛意をしめすように高く澄んだ鳴き声を響かせる。
振り向いた幼い横顔の丸い瞳は、主人だけをまっすぐ射抜いている。

「―――僕、…エメラルダさまの、“守護者”、だから」
「……!」

言い残すと、レーヤは暗い森の奥へアルを伴ない、駆けてゆく。
エメラルダは止めることもなく、むしろ雷にでも打たれたかのような驚きを以って、呆然とたたずんでいた。
「レーヤッ!…クソ、あんな小さいクセに、何しようって言うんだ…ッ!」
オークが何体いるかまでは察せられない。
しかし仮に一体であれ、あんな子供が挑んだところで、たやすく殺されるのは当然過ぎる結果だ。
確実に死ぬぞ、などと脅されようと、そんなものを見過ごせるわけがなかった。

「ライル!待ちなさい!待つのだ!」

はたと我に返った賢者の制止など聞く耳持たず、ライルは反射的に小さな背を追いかけていった。



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作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har