D.o.A. ep.34~43
Ep.39 生者の道
「旧クォード帝国の亡びと最盛期は同時だ。
そして、大十術師が一つ所に集い、結束していた頃でもある。…いや、結束せざるを得なかった頃、かな」
正確にいつのことであったかを、エメラルダは忘れてしまったという。
こんな、時間が無茶苦茶な場所に、永らく隠遁していては、それも無理のないことかもしれない。
「クォードを沈めたデッドを殺すために、我々は3人の戦士を選び抜いた。その中の一人が、アライヴだったのだ」
「だが、そんな話、聞いたこともない。…伝説も残ってないなんて、おかしい」
「ずっと、ずっとずっと…遠い過去さ。我々が魔術を生み出すより、遥か前のね」
「………」
遥か彼方の時代であるから、痕跡さえも残っていない、ということはあるのだろうか。
エメラルダが夢見るように語ったほどの、とてつもない文明を誇る超大国が、しかも最盛期に滅んだのである。
現代の武力が及ばないような、でたらめな怪物や武器を有した国家の滅亡が、何一つ伝わっていないのは、不自然ではないのか。
今にいたるまでに、亡んだ国家は数多とあるが、さほどの大国でなくても名前は残っているのに。
神話に詳しいリノンや、多種多様の方面の知識に明るいティルさえ、クォード帝国という字面を見たこともないようで、2割信8割疑くらいの顔だ。
ライルにはよくわからない。
かといって、エメラルダの話が大法螺というのも考えにくい。
エメラルダにそんなことをするメリットなどないし、実際にクォード帝国は存在し、ロノア王国をその黒い手で覆ってしまったのだから。
そんな彼らの困惑など置いてけぼりで、エメラルダは淡々と続ける。
「3人のうち一人は力尽き、もう一人は石になるまで力を使い果たして…最後は、アライヴがデッドの胸をつらぬいた。そして、彼も…逝った。
それで、すべて終わったのだと。彼らを悼み、憐れみながら、我々は安堵したのだ」
「アライヴは、ずうっとずうっと昔に死んだ?俺の中にいるのは、そのアライヴ?」
エメラルダは再び、丸メガネを押し上げ、こくりとうなずく。
どういう理屈か、死者のアライヴは、ライルの中にいるアライヴと同一人物であるようだった。
ヴァリメタル洞窟にて、驚異の変貌を遂げて現れた魔人の姿を、ティルはまぶたの裏にえがいてみる。
ライルと同じ淡い緑の、しかし温度のまるでない色彩が、あざやかに残っている。
エメラルダは、ロノア王国の犠牲は、ライルのために払われたのだ、とのたまった。
皇帝イリュードが膝を折る、デッドという女は、ロノアの無辜の民をいくら犠牲にしてでも、かつて己を殺したアライヴをしとめたかったのだろうか?
だとしたら、少年の中に秘められた魔人は、今なお、デッドを殺しうる危険の芽でありつづけているのか。
だが、遅々とした語り部に業を煮やしたのか、リノンは眉をつり上げ早口でまくし立てる。
「…わかりました。そのデッドって、死んだと思わせて生きていたのね。そして、アライヴを恨んでいるんでしょう。
だからってライまでもろとも狙うなんていい迷惑にもほどがあるわよ。どうしてそんなものが、この子の中にいるんです。
何とかしてアライヴをこの子の中から追っ払う方法はないの!?」
「その耳は飾りなのかい?大事な弟のことならもっとちゃんと聞いていたまえ。さっき、死ぬまで解放されることはないと言ったばかりのはずだが」
あきれたように彼女の怒声を受け流し、さらりとすさまじい宣告を繰り返す。
「そんな、ひどい…」
「むしろ恵まれている方じゃあないか。死ねば苦しみから解放される…それもひとつの、与えられた権利ではないのかい」
続けた科白には、どこか羨むような、うつろな響きがある。
ふと、この賢者は、出会って、いの一番に死にたいとぼやいたことを思い出した。
「…まあ、保護者と話し合っても埒が明かん。ライル、お前はどうしたいのだ」
「俺は、アライヴから逃れるために死ぬのだけは、ごめんだ」
「ふん。そうだろうね。誰だってそんなわけのわからんもののために死にたくはあるまい」
「それだけじゃない」
「他にいかなる理由が?」
賢者は窓辺りに腰かけていたが、ライルに体ごと向き直って問いかける。
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har