D.o.A. ep.34~43
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ロノア軍には、全軍降伏の指令が行き渡ったが、その後、逃亡した者も少なからずあった。
残念ながら、統一する動きなどはなく、各々散らばって山野に潜んでいるだけであり、「クォード帝国」に対する脅威となりうるには程遠い。
実際に、それらにオークが一体でも殺されたという事実はないし、また被害に遭ったこともなかった。
一部は、意外にも、エルフの集落ヴァリムが受け入れていた。
しかしながら、里の規模からいって受け入れられる数には限界があった。
食糧も、ほとんど自給自足であり、備蓄を以ってしても50人程度が限度である。
けれど、ヴァリムのエルフたちは、受け容れるだけ受け容れ、むしろ救出も進んで行った。
里長であるベールバルトは、過剰に感謝されることはない、とだけ言い、多くをロノア軍人たちに語らない。
一体何故に、ヒト嫌いの閉鎖的なエルフの集落が自分たちを容認しているばかりか、看護まで手厚く行ってくれるのか、得心がいかないまま、数日が過ぎている。
集落に受け容れられたロノア軍将校の中で、最年長で経験豊富なフェルデ=カーツ中佐が、ロノア軍側の代表となるところまでは決まった。
この日、フェルデ中佐は、はじめて長のベールバルトの住居に呼ばれ、彼と話し合う。
「この度のこと、実に感謝してもし切れぬ。改めて、僭越ながらロノアを代表し、お礼申し上げたい」
「そうかしこまらんでもよい。あなたも決して動いて良い傷ではないのだから」
「いや、そういうわけには参りません」
ベールバルトは、見たところフェルデとそう変わりない年の頃に見えるが、エルフである。
長の隣に立っている、若者たちのまとめ役だと称する青年も、外見から実年齢を推し量る事はできまい。
フェルデの慇懃な態度に、ベールバルトはふむ、と頷くと、煙管をふかす。
嗅いだことのない不思議な匂いに、不思議と落ち着いた。
「失礼ながら…貴殿らは、外からの者を受け容れぬと聞く。此度、その信条に背いてまで我々を受け入れた事情、差し障りなくばお聞かせ願いたい」
「ふう、私たちがヒトを助けるのが、そんなにおかしいかな」
「無礼は承知だが…」
「はは…いや、正直でよろしい」
存外に、排他をつらぬくエルフの長は朗らかで、フェルデは途惑いを隠せない。
まるで数年来の友に接するような気さえし、むしろ今まで断絶していたことを不可思議にさえ感じる。
しかし、不意に、ベールバルトはその表情に陰を落とす。
「きっかけは、ヴァリムの周辺に現れたオークだった」
エルフたちは、それらを倒したが、明らかに毒を受けた者がいた。
彼らはオークの扱っていた武具を回収し、ただちに里へ戻った。
そして、その毒が、彼らヴァリムのエルフがトラップに使用するものと同一であることを突き止めたのである。
ヴァリムだけに伝わるその毒を、外に売ったことは一度たりともなく、調合法を教えたこともない。
それが何故、オークという外敵の持つ武具に使用されているのか?
その疑問に対し、到るべくして到った解答に、エルフの里ヴァリムは震撼した。
―――この毒の調合法の知識を持った者が、敵の中にいる。
里の誰もが、同じ貌を思い浮かべ、慙愧の念、または恐怖に駆られた。
巡った思いはそれぞれだったが、里として出した答えは、「無関係ではいられない」という結論だった。
「かつて、このクォルバルトが、共に戦ったお嬢さんの存在が、里の逡巡を断ち切った、といってもよいかもしれませんが」
「お嬢さん、とは?」
「ロノア軍の二等兵のロロナ殿です…まあ、ご存知ないかもしれないが」
クォルバルトという青年は、切なげな面持ちで少しだけ窓の外を見やった。
「フェルデ殿。奴は、ロノアを襲い、そして占領した“クォード帝国”一味に加わっている、と今回のことで確信を得た。
ヴァリムには責任があるのだ。不心得者を里から逃がし、それによって多くの者を死に追いやってしまった、重い責任が。
私たちはかつての過ちを贖うべく、これからなんとしてでも、奴の息の根を止めなくてはならぬ」
ベールバルトは、強くそう言いきった。
フェルデは、この里の長が、里の者たちが、自分たちに求めるものを察した。
「我々の意志統一はまだ成ってはいない。
だが、多くの者が、そのクォードとやらの手から、我が国を取り戻したいと願っていると、このフェルデ、信じております。
貴殿らが、クォードを敵とするなら、我々は手を組める…と、そう考えて、よろしいか」
「さすが、ご理解がはやい」
ベールバルトは深い笑みをたたえ、手を差し伸べた。
「ここに誓い合いたい。私たちは、これからいかなる苦難に襲われることになろうとも」
互いの手をかたく握りしめる。
「――――息をしている限り、けっして絶望せぬことを」
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har