D.o.A. ep.34~43
「ロディ、あんた」
鬼兜は、セレスの身を自らへと引き寄せ、腰を抱いた。
そして剣を抜き、その切っ先を彼女のほほに滑らせる。
浅い傷から赤い血が刃に滲む。
「…!」
「この女、あんたの女房なんだって、え?俺だって、こんな安っぽい悪党みたいなコトはやりたかねぇんだぜ。
でもよ、あんたがダンマリ決め込むなら、こっちもそのつもりがあるってことよ」
兜に覆われていても、下劣な笑みを浮かべているのがたやすく想像できる。
シンプルだが、恐ろしく適切な脅迫だった。
セレスは目を閉じて、耐えるように手のひらをきつく握りこんでいる。
「やめ…ろ」
「んー、どんな方法が、手っ取り早いかな」
「……ロディ…それは、悪趣味だわ」
意外にも、キルフィリアが低く抗議をした。
こんな女が、同じ女への虐待を咎めようとは。てっきり、一緒になって愉しむような性格と思っていたのだが。
しかし、それを鬼兜が意に介することはない。
「あぁん?悪趣味だぁ?テメェやる気あんの?拷問ってのは追いつめることだ。そこに甘っちょろい感傷が入る隙間なんぞねえ。使えるモンは何でも使わねぇとな」
「……」
浮かぬ表情のキルフィリアに、鬼兜は呆れたといわんばかりにため息を吐き、チッと舌打ちする。
「――――だからテメェは女なんだよ、キルフィリア。邪魔するなら、失せな」
「ッ……」
キルフィリアは目尻を紅くし、顔を怒りにゆがませた。
「おっと、怒られる筋合いはないぜ。拷問係を申し出たくせに、いつまで経っても成果を出さねえテメェが悪い。
喋りたくてたまらなくなる状況でも作ってみろよ。例えばよ、この女…武成王の前で豚どもの慰み者にして見せるってのは、どうだ」
「…イカれてるわ」
「そうかいそうかい。見たくないならあっち行ってろ」
「やめろ、クソッ!!」
セレスは助けを求める眼差しさえ寄越さない。ただひたすらに、目蓋を下ろして耐えている。
このようなことになる予感は―――薄々は、あった。
敵方に、これ以上なく下劣で悪辣な、ゆがんだ性癖の持ち主がいたとしたら、と。
「さあ、武成王さんよ。どうする」
もしも、セレスが敵の手によって憂き目に遭うか、ライルを差し出すか、二者択一を迫られたとしたら、と。
そして、そう考えたところで、いつも答えは出せないでいる。
我ながら優柔不断だと、情けないが、妻と、息子を天秤にかけることができないのだ。
どちらもソードにとってかけがえのない人間で、また罪悪感を持っている者たちだった。
二人のためなら、この命などどうなっても構わぬと思うくらいに、愛している。
失うことが、何より恐ろしい。
ソードは懊悩し、奥歯を砕かんとする力でかみしめた。
「―――迷われることはないのです、あなた」
不意に、鬼兜の腕の中、沈黙を守っていた妻が、そんなことを告げた。
面を上げれば、鉄格子越し、セレスが厳しい、何かを決意したような表情で、こちらを見つめている。
ソードは、吐き気に似た悪い予感に、咽喉がひりついた。
彼女は、武成王の妻という肩書きと誇りを持つ女が、なにを選ぶべきかを、理解している。
「あなたの妻となった日より、このような事は覚悟しておりました」
「!」
そして、鬼兜を渾身の力で突き飛ばす。
今まで全く抵抗しなかった人質の、予想だにしなかった行動に、鬼兜は拘束を解いてしまった。
「この身が、あなたの道の妨げとなるならば、私は…」
その両手には、研ぎ澄まされた刃が握られている。
「あなた」
そして、いつものように、やさしい微笑を浮かべ、
「…どうか、希望を…、私たちの息子を…守って」
その刃を、
作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har