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ミッシング・ムーン・キング

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 地球に降り立ち、色んな事を知った。そしてこの地球上では、どんなものにも名前が在ることも。空、雲、木、花……。そして今、私の目の前にいるモノは、生物学というカテゴリーの中で人間と呼ばれているが、人間の個々に名前が付けられている。

 ある場所で人間を観ていた時、人間たちが名前を呼び合っているのを見たことがあった。私から見れば、人間は誰もが同じような顔をしている。だから、名前を付けて分別できるようにしているのかと考えた。

 だが、名前を呼び合う……それが少し羨ましいとも思った。
 私には名前が無かったからだ。

 正確的に、無いという訳では無い。
 私がいた場所は“月”と名付けられていた。
 しかしそれは、地球の周りを廻っている衛星に“月”と名付けられているのであって、私では無い。

「私の、名前は……」

 発言に躊躇していると、

「もしかして……名前が無いの?」

 アランは優しい口調で語りかけてくれた。それは、私を傷つけないように……。
 このまま自分の正体を隠しても意味が無いと悟り、

「私は……」

 私が知り得た言葉を使って、自分自身のことを打ち明けた。

 月は私であり、私は月であると。

 当然の如くアランは先ほどよりも驚きの顔を見せたが、その顔は暫く神妙な顔つきで黙考したあと、笑顔に変わった。

「そうか……うん。全て納得できた。君が空から舞い降りてきたことも、君が何処からやってきたのかも。そうか、君は月の女神様だったんだ」

「月の、女神?」

「そう。神話やおとぎ話とかには、月に女神がいると伝えられているんだ。でも、それが今証明された。こうして、僕の目の前にその女神様がいるんだからね……」

「その月の、女神は、何という名前なの?」

「えーと、確か……。セレネとかアルテミス、ディアーナとかいうのもあったな……」

「セレネ、アルテミス……」

 それらの名前には、何も感じとることは無かったが、

「ああ、それと。ルナ、かな」

「ルナ?」

 その名前は心に空いた隙間をピースがカチリと埋まるようで、妙にしっくりきた。

「ルナ……」

 もう一度、その名を呟いてみた。
 私は、まんざらでもない表情をしていたのか、それとも感じ取ったのか、アランは笑顔で語りかけた。

「……うん。君にピッタリの名前だ。ねぇ、君のことをルナって呼んでいいかな?」

「ルナ……私の名前……」

 この日……私はアランと出逢い、彼は私に名前を与え、呼んでくれた。

 私にとって、かけがえの無い日となった。

     ***

 裸の私に目のやり場が困るというので、アランのジャンバーを羽織らされた。
 そして何処に行く当ても無かった私は、アランに誘われるがままに夜道を歩きながら話し合っていた。

「……そうだ。ルナは、何しに地球にやってきたの? もしかして、月の女神様も今日の流星群を観にきたの?」

「りゅうせいぐん?」

「沢山の流れ星が降ることだよ。で、今日はジャコビニ流星群が出現する日なんだよ。ジャコビニ流星群は十三年に一度出現する流星群なんだよ」

 十三年……人間にとってはその年月は長く感じるのだろう。

「中でも、今年は大出現の年とも言われてね。きっと、雨のように降り注ぐと思うよ」

「……降り注ぐというのは、隕石のこと?」

「うん。そうだよ」

「月にも、隕石が落ちてきたことがあった。けど、それほど面白くない……」

「そう? まぁ、隕石が大気圏を突き抜けて落ちてきたら、大変だろうけど……」

 アランが息を吐くと、白い蒸気となり立ち昇る。
 それは気温が低いという事を示していた。
 その寒さのお陰で、空気は澄んでおり、夜空に雲一つ無く、星が良く見え、キラキラと瞬いていた。

「地球は不思議な所……」

「不思議?」

「月から見る、あの星々は、あんなに揺らめいて、輝いてはいない……」
 アランも顔を見上げる。

「ああ。それは、地球に大気があるからだよ」

「たいき?」

「まぁ……簡単に言えば空気のことだけど。地球には、酸素とか二酸化炭素などの目に見えない空気が地球をフィルターのように覆っているんだよ。その空気の所為で、ああやって星が揺らいで見えるんだ」

「……?」
 アランの言葉に理解が出来なかったその時だった。夜空に一筋の光の線が走った。

「あれは……」

 また、一筋の光の線が走ったと思えば、次々と無数の光の線が走る。

「ルナ、あれが流星群だよ!」

 キラキラと煌く満天の星空に、光の雨が降り注ぐ。
 月では決して見ることが出来ない光景に、私は目を奪われてしまった。そして、次々と降り注ぐ流れ星に、ある疑念が浮かぶ。

「あれが隕石……。どうしてアレは、この地まで落ちない? 月は沢山の隕石が落ちたのに……」

「それは、さっき言った大気のお陰なんだよ。大気が地球を覆っているから、流れ星は大気と衝突してしまう。その大気の摩擦で隕石は燃えるんだ。あの光は、隕石が燃えているときに発しているものなんだよ。だから、この地球に落ちてくる前に、大抵は燃え尽きてしまうんだよ。この光景は、まさしく宇宙と地球の贈り物なんだよ!」

 アランの説明に耳を傾けつつ、降り注ぐ流星群を眺めていると、ある場所でキランと光ったのが見えた。
 そして、こちらへ何かが近づいているのに気が付くと、私は咄嗟にアランを突き飛ばした。

「なっ?」

 アランが驚きの声をあげる間も無く、手の平に収まるほどの小さな隕石が私に直撃した。

――ズッドン――

 爆発したような大きな衝突音と共に土煙が舞い上がる爆風が発生し、アランは吹き飛ばされた。

 暫しの時間を置き、

「ルナーーーー!」

 砂煙が落ち着く中、アランは叫んだ。

 先ほど自分たちがいた場所に、ぽっかりと浅い穴(クレーター)が出来ており、その穴の中央に私は倒れていた。

 しかし、何事も無かったかのように立ち上がり、地面に伏せたままのアランの元へと歩み寄った。

 アランは声をあげることは出来ず、ただ口をポカーンと開けたまま驚きの表情を浮かべている。

 あの表情は、今でも忘れられない。

 そして、どうやら腰が抜けたらしく、起き上がれないみたいだ。尻餅をついたままで、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 かすり傷一つも負っていない私を見て、

「流石は……月の女神さまだけはあるね……」

 私が人ならざる者だということに再確認をしたのだった。

「でも、あなたの服が……」

 着ていたジャンバーはボロボロになり、胸部が露になっていた。その為かアランはまた顔を真っ赤にして、そっぽを向き、

「ルナが無事なら、そんなのいくら破けても平気だよ」

 そう言いつつ、アランは着ていたセーターを脱ぎ、おもむろに手渡してきた。

「しかし……この一夜で、僕の目の前に月の女神様と隕石が落ちてくるなんて。確率的に天文学的な数字が並ぶんだろうな。宝くじでも買っていれば良かったかも……」

 アランは、そんな自分の身に降りかかった、にわか信じられない出来事に対して、無邪気に笑った。