小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ミッシング・ムーン・キング

INDEX|5ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

4 月の化身



 気がついた時―私が私であると自我に目覚めた頃―には、既に私は“そこ”にいた。

 尖った細かな砂で覆われた柔らかく白い地、辺りは暗闇と静寂に包まれていた。そして真っ暗闇の向こう側に、大きな青き地球(ほし)が浮かんでいた。

 後々で知ったことだが、私が居る場所は地球で暮らす者から“月”と呼ばれていた。
 私はこの場所で独りだったが、寂しくは無かった。

 月は私であり、私は月である。

 と、何となく理解していたからだ。
 それに独りだということが普通のことだと思っていたし、寂しいという感情は、まだこの時は無かったのだ。

 私は地球を眺めながら、長い時を過ごしていた。
 地球は、まるでもう一人の自分を見ているようで、心に安らぎを感じることができた。

 地球の地表が移動したり新しい大地が誕生したりと、変わっていく地球を観るのが楽しかったし、地球の表面を浮かぶ雲の形や流れを追うのも面白かった。

 だけど、長い年月が経つにつれて、少しずつ青い地球から離れていき遠ざかっていた。当初は地球の全体を手の平で覆い隠せられなかったのに、今では親指だけでも覆い隠せるまでになっていた。

 それが寂しくも思えたが、時たまに隕石などの刺激のある来訪者が月にやってきたりもした。その隕石の中には形が異質なのも有り、それは月面を徘徊し回っていた。
 その時は、あまり気に留めず月での生活を月並みに過ごしていた。

 そして、ある日。隕石の衝突よりも衝撃的な出来事が起きた。

 今まで飛来していた隕石とは形が違った飛来物が月に降り立ったのだ。
 その飛来物の中から、透明なヘルメットをかぶり、白く厚い服を纏った者達が出てきた。彼らは飛び跳ねたり、旗を立てたりとして、はしゃいでいた。

 彼らは人間だった。
 人間が地球から月にやってきたのだった。

 そして、そこら中に転がっている石を拾うと、飛来物に乗って再び地球へと飛んでいった。

 私は、その光景をただ眺めるだけだった。
 短い時間の出来事だったが、非常に心に残る出来事だった。

 それから人間は、何度も月に訪れに来た。

 人間は、月に色んなものを持ち込み、足跡と共に残していった。私は、人間が残していった機械の残骸や探査機、ビークル(月面車)を触ったりもした。

 やがて人間に、そして彼らが暮らす地球に、興味を抱くようになっていた。

 人間の来訪を待ち望んだ。

 しかし六度目の来訪以降、彼らはやって来なくなった。

 時折、彼らが乗ってきた飛来物に似た物が月の周りを旋回したり、落下してきたりしたが……人間たちが月に降り立つことは無かった。

 いつしか地球に思いを寄せるようになった。

 人間との出逢いによって自分に意思が生まれたのだ。それと同時に感情も生まれていたのだろう。

 人間を待つ私は、寂しかったのだ……。

 そこで私は、人間が月に来てくれないのなら、いっそ自分が地球に行こうと。

『あの地球に行ってみたい』

 そう望んだのだ。
 そして私は、その望みを叶えることが出来た。

 太陽の光で月が姿を消す―新月―の時のだけ、私は地球に降り立つことが出来たのだ。

 特別な存在で、特別な力を持つ者のことを、人間たちはこう評するのだろう――――
 『神』と――――

 しかし、私にとってはどうでもいいことだった。
 ただ私は、地球に行きたかったのだから。

 地球に降り立った私は、様々な場所を巡り回った。

 地球は、とても素晴らしいところだった。
 大きな海。吹き抜ける風。そして沢山の人間がいた。
 私の知らない―月には無い―世界が広がっていて、命に溢れていた。
 
 それらは眩しく、命があるのは自分だけの月にとって羨ましいことだった。
 だから私は……月である私は、何度も何度も地球に降り立った。

 そして、地球に流星が降り注ぐ日。
 そこで『私』と『地球』の運命を変える、ある一人の人間と出逢った。

 “アラン・ブラウン”と――――

     ***

 新月の日。

 私が、いつものように闇夜に紛れ、地球に降りていた時だった。

 その様子を、一人の男性に目撃されていた。

 男性は、その光景に目と心を奪われてしまったのか、担いでいた望遠鏡を思わず地面に落としてしまった。

 そして頬を抓ったり、かけていた眼鏡を取って目をこすり、再び眼鏡をかけ直してはこちらを凝視し、今目の前で起きている光景が夢の出来事では無いことを確認していた。

 私は静かに地面に着地し、彼の存在に気に留めずに何事も無く立ち去ろうと歩きだすと、彼から声をかけてきた。

「ちょっと待って! 君は誰? どこから来たの? 今の何? これは僕の夢でもなく、見間違いじゃなければ、今君は空から舞い降りて来たよね?」

 彼は動揺しつつも、立て続きに質問を投げかけてきたが、私は素知らぬ顔でかわし、歩みを止めなかった。
 
 すると彼は咄嗟に私の元へ駆け寄り、その流れのまま肩を掴んで私の行く手を阻んだ。

「待ってくれ! そ、その、なんて言葉にしたら良いんだろうか……初めて逢った人に、こういうのもアレなんだけど……。君に恋をしたんだ!」

 自然と口にしていた言葉に、言った本人が一番慌てふためいていた。

 しかし、“恋”という言葉が気になった私は、思わず彼の方を振り返り、何度も地球に降りて遠くから人間の言葉を学んだ成果を投げかけた。

「それは、どういう、こと?」

「え、あ……。どういうことと訊かれても、恋とかの気持ちを説明するのは難しいな……。その、君に興味を持ったんだ。君のことが知りたいし、君とこうして話していたいんだ」

 彼が言う言葉を私なりに解釈すると、私が地球に興味を持ったのと同じような気持ちなのかと判断した。それと、今までは人間を遠目で眺めるだけだった。

 心のどこかでこうして人間と語り合いたかったのかも知れない。

「そう……解かった。それで、何を、話すの?」

「えっと……何を。そう! そうだ、君は何処から来たの? 僕の見間違いじゃ無ければ、空から舞い降りて来たよね? しかもパラシュートも無く……それも、全裸で……」

 突然、彼の顔は真っ赤になり、自分の両手で自分の両目を覆い隠した。この時の私は、人間が着ている服などは着てはいなかった。

 裸であることが普通であった為に、それに気に留めること無く、彼の問いに答えた。

「私は、あそこから、来た……」

 そう言いながら、姿を隠している月がある場所――夜空を見上げる。

「あそこって……」

「今は見えない。貴方たちが言う、月から」

「月から?」

 男は一瞬呆気に取られてしまった。冗談を言ったのだと思ったのだろう。
 しかし、私の顔を見つめ、

「いや……君のことを信じる。だから、君が言うことも全て信じるよ」
 優しく笑みを浮かべた。

「そうだ。君の名前は? あ、僕の名前はアラン・ブラウン。アランと呼んでくれ」