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ミッシング・ムーン・キング

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 何度も読み返した絵本(ミッシング・ムーン・キング)。ライトは内容を一字一句間違えず……とまでは行かなかったが、ほぼ覚えていた。ライトは、噛み締めるかのようにじっくりとルナに話してあげた。

 そして語りが終わると、発射開始まで一分を切っていた。


――五十秒前

 ライトの心臓音が、隣にいるルナに聞こえるかも知れないぐらいに高鳴る。

――三十秒前

 そして、ルナの手を強く握り締め、

――十秒前

 一息吐き、目を瞑った。

――五秒前

 閉じた瞼を開き、モニターに映るカウントを見た。

―― 四秒前 

―― 三秒前 

―― 二秒前 

―― 一秒前 

―― 0

「行けーーーーーーーー!」と、心の中で叫んだ。

―― +一

―― +二 

―― +三

―― ……

 カウントが0になったにも関わらず、エンジンが点火せず、ロケットは飛ぶ気配が無かった。

 それ所か、カウントはどんどん加算されていく。それは『失敗』を意味していた。

「な、なんで……くっそーーーー!」

 ライトの怒鳴り声は、狭いキャビン内で激しく響き渡る。

「折角……折角、ここまでやってきたのに……。いや、失敗と決め付けるにはまだ早い!」

 ライトはベルトを外して席を立つと、固く閉めた扉のロックを外す。

「どこへ、行くの?」

「もう一度、発射スイッチを入れてくる。途中でショートして落ちたかも知れない。またスイッチを入れれば、今度こそ点火するはずだ。ルナは、ここで待っていてくれ」

 扉を開くと、ライトは勢い良く外へ飛び出した。駆けて行く足音がいては遠ざかっていった。
 そして開けられた扉は、扉自体の重さで勝手に閉まった。

 キャビンに一人残されたルナは、そっと瞳を閉じた。

 ロケットが飛ばないのは、自分の所為だと感じていた。まだ、自分の罰は許されていないからではないかと……。

 身体が酷く重く感じる。
 ふと平和な日常の時のアランとの語らいを思い出す。

『身体が重く感じる?
 ああ、それは地球の重力が月よりも重いからだよ。確か、地球の重力は月の六倍だよ。
 そうだ、ルナ。知ってるかい。重力は引力でもあるってことを……って知らないよね。その引力が僕達、地球の生き物をこの大地に縛り付けている。人が空を飛べないのは、この所為だよ。
 そして、その引力は、どんな物にでもあるんだ。僕やルナにも。もしかしたら、僕がルナに逢えたのは、この引力のお陰かも知れないね……』

「地球の引力は、私だけじゃなくて……このロケットまでも縛り付けるの……」

      ***

 発令所へ向かう中、ライトはロケットへの制御回路に繋いでいる配線などを確認していたが、どこにも支障は無かった。

「外傷が原因ではない、か?」

 そして発令所に着くと、すぐさま発射スイッチを確認した。スイッチのすぐ隣に設置されているランプには、明かりが灯っている。
 確かに、スイッチは入っているようだった。

 発射実験の時は、このスイッチを入れた一時間後に、ロケット……弾道ミサイルは発射した。

 試しにと、もう一度スイッチを入れ直す。増え続けていたカウントはリセットされ、再びカウントが開始された。

 もしまた、これでロケットが点火しないとなると、問題はロケット本体にあるのではと考えが浮かんだ時だった。

 ゴォォォォォ――と、轟音が響いてきた。

「この音は!」

 すぐに思い当たった。
 その音は、ロケットのエンジンがジェット噴射を行っている音。

「てっことは!」
 ライトは、ミサイル発射管室へと早急に引き返した。

     ***

 ミサイルは、厳重に保管されていたとは言え、百年近くも放置されていた。
外見は綺麗でも、中身は劣化しているのが自然だろう。

 燃料の推進剤の一部が風化で劣化し、燃焼し難くなっていた。それが時間を置いて、点火したのだった。

     ***

 ミサイル発射管室に着くと、ロケットのノズルから噴煙を吐き出し、機体はガタガタと振動していた。
 噴煙量が増し、室内に煙が充満する。

 ライトはまだ乗れるのではと判断し、慌ててロケットへと向かおうと足を一歩踏み出した瞬間、

 ゴゴゴゴゴォォォォォ―――

 ロケットの下部…噴射口から爆音と共に爆発したかのような炎が噴出す。

 そして、ゆっくりと機体が浮き上がったと思うと、すぐに凄まじい速度で真っ直ぐ飛び上がった。

「ルナッッッッーーーーー!」

 完全にロケットは発射(リフトオフ)し、ライトの叫び声はジェットエンジンが生み出した衝撃音と高熱の爆風でかき消し、凄まじい突風となりてライトを襲い、後方へ吹き飛ばした。

 ロケットはミサイルハッチから勢い良く飛び出し、強大な炎と煙を噴出しながら、音よりも速いスピードで天高く舞い上がる。

 やがてロケットの機体は、地上からの肉眼では見えなくなるほど小さくなり、見えなくなった。

 跡に残るのは縦に棚引くロケットロード(一筋の煙の柱)だけだった。それをライトは艦上に出て確認した。
打ち上げは成功したのだった。

そして、ルナは何処にも居なかった。

ライトは、あのロケットの中には残ったルナが乗っていると判断した。

「待ってろよ! 俺も、絶対に、そこに行くからな! 約束だぞ!」

 ライトの叫び声は、もう見えなくなるほどに離れたロケットには届いていないだろう。だけどライトは、何度も先ほどの台詞を叫んだ。叫び続けた。そして、大の字になって倒れ込んだ。

 大空を見つめ、枯れた声で一足先に宇宙へ行ったルナに投げかけた。

「着いたか……宇宙に」

     ***

 ロケットの発射から、八分経過した頃だった。ルナの体が浮き上がった

 大気圏を越え、重力の呪縛から解き放たれたのだ。

 百年ぶりに感じたその感覚は懐かしく、妙に新鮮だった。

 そしてベルトを外し、ゆっくりと扉を開けた。完全に密閉していなかった為にキャビン内の空気は漏れていたが、ルナには関係無いことだった。

 扉を開けた先は、星が点在する暗黒の空間。
ルナは、その空間へと身を投げ出した。

 漂いながら振り返ると、そこには地球の姿があった。

 だが、その地球は、かつて見ていたような姿はしていなかった。
 地球の表面はデコボコの大地で覆われていた。

 それはまるで、かつて自分が居た…いや。かつての自分……月のようだった。

 ルナは少しずつ遠ざかっていく地球に、そっと両手を伸ばした。

「地球を、あんな風にしてしまったのは私。もし、私が女神ならば……地球を、元に戻して欲しい……アランと出逢った頃の地球を……ライトに……」

 ロケットの発射から三日後だった。

 地球の空に、月が現れたのは――――――――――