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ミッシング・ムーン・キング

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7 望〜ミッシング・ムーン・キング〜



 全長は約十メートルの核弾道ミサイル――ロケットの構造は、大まかに四つの構造で成り立っている。

ペイロード(貨物スペース)、誘導装置(ジャイロコントロール)、燃料、ロケットエンジン。

 先端の部分のペイロードには、言わずもがな核弾道が搭載されていた。まずは、世界が荒廃してしまい無用の長物と化していた核弾道などを取り外し、空いた空間をキャビン(乗員区画)に改造した。

 キャビンといっても、ただ座るだけのパイロット席(二席)と制御確認用ダッシュボードとしてノートパソコンを取り付けただけの簡易的なものだった。そして燃料の増量を行った。
ロケットエンジンのパワー(スピードとエンジン燃焼力)を上げる為に、別のミサイルの燃料を足したのである

 それにパイロット席は、当初は一人乗りを想定していたのだが、ルナの分も用意することになったので、その分重量が増えることになり、必要になる燃料(推進力)が増える。それを補うためだ。

 弾道ミサイルは四本あった。そのうち二本は、前述の通り二本を合わせて一本のロケットとなり、残った二本の内一本は、研究用として分解し、ロケットの構造を調べ。残りの一本は、修理した発射スイッチとミサイル自体が正常に動作するかの発射実験用として使った。

 発射実験は無事に成功し、ロケットも完成した。あとは本番を残すのみだった。

     ***

 ライトとルナは完成したロケットを眺めつつ、最後のカップラーメンを食し、最後の晩餐を楽しんでいた。

「さて……これを食べ終わったら、いよいよ打ち上げだな。行方不明になった月の王様……もとい。月の女神様をあの宇宙に送り届ける時が来たな」

 そんなライトの言葉に、ルナは何も答えなかった。その代わりとして微笑みを浮かべる。
 ライトはカップラーメンのスープを飲み干すと、カップをそこらに投げ捨てた。

「さてと……。おっと、その前に。このロケットに名前を付けないとな……」

「名前?」

「ああ。こういったロケットには、コールサインという愛称を付ける慣わしがあるんだ」

「……本当に人間は、こういった物々に名前を付けるのね。そもそも、これは“棺桶”とか“ロケット”という名前ではないの?」

「そうだけど。それとは別の名前だよ。ロケットをただのロケットじゃ、味気ないだろう」

 ルナは首を傾げ、人間が考えることは、よく解からない。といった素振りを見せる。

「で、ロケットの名前だけど、実はもう名前は決めてある。ミッシング・ムーン・キングだ」

「ミッシング・ムーン・キング……」

 その名前に聞き覚えがあった。そう、あの絵本のタイトル。

「ああ。ロケットが完成したら、この名前を付けようと思っていたんだ。月や宇宙に興味を抱き、そしてこうやってロケットを作る切欠になったからな。それに、ミッシング・ムーン・キングは東洋の言葉で“望(のぞみ)”という意味があるからな」

「のぞみ?」

「望……願いとか希望のことだよ。その言葉を東洋の字で書くと、ミッシング(亡)・ムーン(月)・キング(王)になるんだよ……」

 ルナは無表情で、関心を寄せること無くライトの話しを聞いていた。そもそもルナは東洋の字(漢字)というのを知らなかったからだ。

 少し意味が違う言葉もあるが、それは文明が一度途切れてしまったからなのか、意味が曖昧になってしまったのであった。

「まぁ、何はともあれ。このロケットは、俺の望とルナの望を叶えてくれるロケットということだよ。さて、それじゃ行こうか。宇宙へ」

 そう宣言すると、ライトは艦内にある発令所へと向かって行った。そして、ルナはミッシング・ムーン・キングを見つめると、

「ミッシング・ムーン・キング……」
 小さくそのロケットの名を呟いた。

      ***

 発令所は潜水艦を操舵に関係する機器や計器が集まっている、言わば司令制御室である。

 その場所で、ミサイルの発射も制御しているのであり、ここからでないと発射を起動させることが出来ないのだった。

 ロケット(ミッシング・ムーン・キング)の中から起動を出来れば良かったのだが、既存のものを使用した方が失敗する確率が少なくなるという理由で見送ったのである。

 発射準備は全て整っている。あとは、発射スイッチを押すだけだった。

 ライトは発射スイッチに触れて、一度深呼吸した。

「これを入れれば……もう後戻りは出来ない。大丈夫だ。絶対に上手くいく……」

 静かに、そして、強く。発射スイッチを入れた。最終ロックが解除され、発射までのカウントが開始される。

「さぁ、これで一時間後には、発射(リフトオフ)だ」

 ライトは踵を返し、ミサイル発射管室へと駆け出した。

     ***

 ミッシング・ムーン・キングのキャビンに、既にルナが乗り込んでおり、席に座っていた。
 やがてやってきたライトも席に座り、ベルトを締めた。そして飛び上がる時まで、ここで待つことになる。

 ライト達は、宇宙服などの与圧服は着てはいない。服装は、今まで着ていた服。キャビンには空調の設備など無い。

 この服装で宇宙に飛び出したのなら、あっという間に絶対零度以下の宇宙で体内の血圧が蒸発してしまい、死に至る。

 しかし、それで良かったのだ。

 死ぬために宇宙に行くのであって、宇宙遊泳して生きて地球に還ってくるのではない。だから、宇宙服は必要無かったのだ。

 そもそも宇宙服が無かった。

 何度もふぅーと、息を吐くライト。体を小刻みに動かし、右足も際限なく揺する。どこか落ち着きが無かった。

「ただ真っ直ぐ空へと飛んで、大気圏を越えて宇宙まで到達してくれれば良い。ただ、それだけで良いんだ。まぁ、不安があるとしたら、途中でエンジンがオーバーヒートして爆発することだな。宇宙に行く前に、死にたくはないしな……」

 体を存分に動かせない代わりに口を動かし、ノートパソコンのモニターに映るカウントをチラチラと何度も見て、発射時刻を確認する。

 一秒経つのが非常に遅く感じ、まだ四十五分もある。ライト的には、もう一時間は経っている感覚だった。

 そして、自分の手が震えていることに気付いていなかった。隣に座っていたルナは、その手をそっと触れた。

「えっ……あ、ルナ……」

 ルナは黙したまま、ライトの手を優しく包み込んだ。

「あ……ありがとう、ルナ。やっぱり、緊張してるな……俺。昔の宇宙飛行士もこんな気持ちだったんだろうな……。だけど、あの頃の宇宙飛行士は宇宙に行って、生きて還って来ないと行けなかったんだ。そう考えると幾分かは、気が楽……」

 気がつくと、ライトの手の震えが止まっていた。ルナは、いつもと様子が違うライトに気を遣ってくれたのだろう。

「ねぇ、ライト。あの絵本……ミッシング・ムーン・キングの話しをしてくれない? 私、字が読めなかったから、具体的にあの絵本がどんな話しなのか解からないの……」

「ああ、解かった。発射時間もまだあるしな。えーと、昔々――」