球体地獄
ナケない蝉もしくはバタイユの標本箱
公園を横切って買い出しの帰り道
僕の標本箱がかたこと音を立てる
この心象風景を素通りするべきか
しばらく悩んだのだが
原罪を明らかにするためには
原体験を白日に晒さねばなるまいと思い
実態の不明な告白ということにして
描写しておこうと思う
あの夏
僕は半ズボン姿で
虫取り網をほっぽり出し
ブランコの斜めになった支柱に跨っていた
僕が述べたい感覚は
ある哲学者によって
「失われた少年の肉体をとりもどそうとする行為」
と表現されたもの
支柱の錆びた臭いが
夏の太陽に熱せられて
えもいえぬ感覚をいやます
「なにしてるの?」
幼馴染の三つ編みが見える
僕はたじろいでとっさに
「蝉ごっこだよ」
と言った
「ふーん」
早く立ち去って欲しかった
しかし不思議な事に
彼女に見られていると
僕が独り占めにしていた感覚が
さらに激しく脈打つのが感じられた
「わたしもやってみよ」
そういうと彼女は
別の支柱によじよじと登った
スカートがめくれて
普段見えない日焼けの境界線が
目に飛び込んできた
僕はなんといったらいいのか・・・
その時・・・
彼女はというと
「つくつくぼーしつくつくぼーし」
と雄叫びながら
勢い良く上下運動をしていた
僕はじっと
ただじっとその動きを
昆虫のように観察していた
しばらくして
彼女は黙ってしまった
呼吸が浅く繰り返されている
耳たぶが紅潮しているのは暑さのせい?
動きは激しさを失っていったが
止むことはなかった
僕は確信した
彼女が僕と同じ秘密を共有していることを・・・
ブランコのそっちとこっちで
2匹の巨大な蝉が
鳴き声密かに
小さく動いていた
何度が蝉が死ぬ時のような
小さな蠢きがあった
それを交互に繰り返されていたが
時として同時期の場合があった
そんな時に僕は
この支柱を介して
どうしようもなく彼女の存在と
つながっていることを意識した
本家の蝉さえ鳴き止む頃
二人は蝉であることをやめる
「あしたもせみごっこしよう・・・ね」
彼女は僕の目を見ずに顔を伏せて言った
僕はこんなにも後ろめたい思いで頷いた
あの夏
あの公園には
2匹の幼い蝉が
不思議な感覚に襲われて
悲鳴の様に鳴いていた
幼すぎる情景は
標本箱に収まりきらない
このいい大人の夏に
ピン止めせんと採集の続き
近縁種たる愛を求めつ