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犬の首

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犬の首


 ――目の前にそれは落ちてきた。
 さて、どこから話すべきなのか。ああ、九月の初めからがいいでしょうか。残暑は未だに厳しく、我が家ではクーラーがロングラン営業中でした。私は、そのクーラーの風に酔ってしまい、外へ散歩に出たのです。
 家を出ると、霊柩車が走り去るのを眼にする。この辺りで私は嫌な予感がしたのです。しばらく歩いて、次は黒猫の死体を烏が啄んでいるという実にワイルドでナチュラリズムに溢れる光景を目の当たりにする。動物保護団体が涎を垂らす大自然の映像です。これを見て、私の予感は確信へと姿を変えました。
 しかしまあ、予感や確信というのはワンクッションおいて、人が気を抜いた辺りでやってくるものです。それはあたかも生焼けの牡蠣のように当たったのでした。

「いやですね、飛び降りですよ飛び降り。これであのマンションで三回目ですよ。やってられませんよ」
 そう、私は友人に対してぼやいた。
「あんたの家って、確かあの自殺マンションだっけ。ネットでも話題だよ、同じ場所で三人も死んだ。通り掛かった人を引き込む魔のマンションの十三階の魔の十三階段」
「破滅的なネーミングですね」
 というか、どんだけ『の』で繋げればいいのですか。二回も魔を使ってるし、このマンションはそもそも十三階目も十三段目もないのですが。
 このマンションは山林を開発して建築された新興住宅で、私のパパが身を粉にして頭金を作り、ローンを組んでまで買ったマンションだ。そのマンションが自殺マンションって、そりゃあんた、我が家のパパの頭髪をこれ以上持っていくのは止めてもらいたい。ただでさえナイーブでよくお腹をごろごろさせるというのに、これ以上あのマンションに曰くができてしまったら、パパは終いにはショック死してしまうのです。
「そーいえば、あのマンションには曰くがあるって話ね。天狗が出る、だっけ?」
「他にも地主と不動産屋の利権争いとかもありますよ」
 自分が住んでいる場所がそんな曰くつきの場所だと思うと、非常に憂鬱になるところです。せめて家ぐらい、何も考えずに過ごしたいというのに、天狗も地主も不動産屋も、ちょっと私の前に土下座、いや、もう土下埋まりしていただきたいところです。
「あんたの家って一番上だっけ?」
「その一つ下です。まあ、高いところに住んでいるからって偉いわけじゃないですよ」
 というか、正直言えば上り下りがだるい。エレベーターがあるとはいえ、高速エレベーターの類ではありません。待ち時間がだるいことこの上ありません。
「まあいいわ。いつかお邪魔させてもらうことになると思うし。一応その絶景とやらを見てみたいしね」
 そういって、友人は卓上の伝票を引っ手繰る。先に伝票を取られたのはなんだか負けた気がして悔しい。これも人間関係における勝負の一形態であるのです。先に伝票を取った方が支払う。その結果、奢られる形になった私はこの友人に一つ、貸しを作ることになるのです。
 いや、まあ、そんなこと気にしない無神経な人間ならそれまでなのですが、私は大根のように図太い神経を持っているようで実はカイワレ大根ぐらいの神経の太さなのです。
 ――そして私は、重たい瞼を無理矢理押し上げ、私は白昼の町を歩くのです。空を見上げると烏が飛んでいた。
 ぼとりと、目の前にそれは落ちてきた。
 犬の首でした。腐り、所々肉が削げ落ち、目は既になかった。蛆が張り付き、土が付いている。目の前に烏が降りてくる。すると烏はその首を突き始める。
 そうなのです。嫌な予感はしていたのでした。

 ――そうして私は夢を見る。恨みがましい眼窩をこちらに向ける犬の首の夢です。
 犬の首は涎を垂らし、こちらを見つめるのです。
 羨ましい、恨めしいとこちらを見つめるのです。
「あんた、大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「最近、胃が食事を受け付けなくて……食べるたびに戻しているのですよ。なのに、お腹だけは空く。酷い気分です」
 あの首が落ちてきて以来、私は食事が喉を通らなくなりました。胃が受け付けないのです。そして夢に犬の首が現れるようになったのです。
 最近では昼間ですら幽鬼のように現れるのです。まるで白昼夢のようでもあります。その恨みがましい眼窩をこちらへと向けるのです。
「ねぇ、その首ってもしかして、何か儀式的な意味があるんじゃないの?」
 そう友人は言うのです。
「犬の首を切り落とすって、そりゃ虐待じゃないとしたら儀式的な意味合いしかないでしょうけど……犬の首を切り落とすって儀式って、あるのですか?」
「それを今から調べるんでしょ?」
 そう言って、友人はスマホを取り出して検索を始める。
「えーっと、犬、首……ダメだ。儀式を足せば――ひぃーっと」
 そう言って、友人は私にスマホの画面を見せる。
「犬神、ですか」
「えーっと、飢餓状態の犬を支柱に繋いで、目の前に餌を置く。そして喰いつこうと首を目一杯伸ばした時に首を落とす。結果犬の首は餌に食いつく……中々エグイ儀式、というか呪いね、これは……」
 呪い。呪われる覚えはないのですが……。
「もしかしたら、何か別のモノを呪っているのかも。その呪いがどういうことか、あんたのところに飛んできた、と。それに、人間は良く分からないところで酷い恨みを買っているものよ。私も幾つ修羅場を超えたことか」
 この女はむしろ敵を作り過ぎなのです。
「さておき、とりあえずこっちでも調べとくから、今日はさっさと帰りなさい。送るわ」
「いえ、大丈夫です」
 そう言って、私は友人と別れるのです。
 マンションに戻る。丁度一階にエレベーターが停まっており、都合が良いと乗り込む。
 エレベーターの中に入っていると、身体が重くなってくる。そりゃ、上昇に際するGがかかっているので身体が重くなるのが当然です。そんなことをぼぅっと考えていると、ちんと、エレベーターが鳴く。
 私は通路に出ると、そのままエレベーター横にある怪談を昇ってゆく。そして十二階に辿り着くと、そのまま次は屋上へと向かう。立ち入り禁止の柵を越え、鍵の壊れたドアを開けて、そこから十歩目。屋上の端っこへと向かう。
 目の前に犬の首が浮かんでいる。こっちに来いと誘っている。
 屋上の柵を越え、十三歩目。その十三歩目を踏み出そうとした時でした。烏だ。烏が眼前で羽ばたきました。
「な、何をするのですかっ!」
 烏はしばらく目の前で羽ばたくと、そのまま空の向こうへと飛んで行った。
 ……はて、私は何をしていたのでしょうか。気がつけば腰が抜けていた自分がいました。丁度この真下には、三人もの人間が墜落死した現場があったのです。

作品名:犬の首 作家名:最中の中