十のちいさな 小さなものがたり 1~10
4 ある花火職人のものがたり【昇龍】
「おめぇら承知のはずだが、どっちが店を継ぐかがこれで決まる。贔屓の旦那衆にも集まってもらった。負けたとしても、どっちかが負ける訳なんだが、恨みっこはなし、だな。良太、おめぇからだ」
「へい。あっしは大輪の菊を咲かせやす」
良太は打揚筒に尺玉を仕込み、導火線に火をつけるとその場を離れ、顔を上げた。
大きな音と共に打ち上がった玉が割れると、多数の星が散らばり、その頃にはまだ珍しい色どり豊かな、見事な菊を花開かせた。50人ほどの観衆からは、一斉に歓声と拍手が沸いた。
鍵屋清兵衛は満足げにうなずき、娘の佐代に視線を走らせた。
佐代は、抱いていた猫が大音響に驚いて地面に跳び下り、駆けてゆく姿を目で追っている。
次! という清兵衛の声に幸助が前に出た。
「あっしは、龍を型どりやした」
それを聞いた観衆はどよめいた。未だ龍の姿を花火に表現した者などいないからである。
幸助は佐代と視線を交わしてうなずくと、尺玉を抱えて打揚筒のそばまで行き、尺玉を入れると導火線に火をつけた。
その時、佐代が大切に育てている猫が近づいてきた。危ない! と叫んで咄嗟に猫を抱えあげた瞬間、尺玉が筒から飛び出し、炸裂した。
観衆からは歓声が聞こえなかった。声が出ないほどにその造形が素晴らしく、皆は息をのんで、口を開けて見上げていたのである。
幸助は、声が聞こえなかったのは出来が良くなかったからだと思い、目の前が真っ暗になっていた。猫は、ミャァ〜と鳴いてどこかへ行ってしまった。
幸助は尺玉が炸裂した時、まともに目を向けていたために、網膜が焼けて見えなくなっていた。お店を継ぐのは良太に決定した。佐代の婿となるのだ。
ぼんやりとしか見えない幸助を憐れんだ親方は、住まいを捜し、尺玉に入れる星を作る仕事をあてがった。
いつの間にか、玉という女が居座り、幸助の女房となっていた。
玉は薬の計測や、ふるいをかける配合などを手伝い、星掛け機を回して星を作る作業を、楽しげにそばでじっと見ていた。
「お玉おめぇ、火薬を扱ってたことがあるのかい」
「まぁね、ただそばで、見てただけだけど・・・それよりさ、何年か前に打ち上げた花火、あれを作ろうよ」
「そうだな、また作りたいが・・・だがおめぇ、なぜそのことを知ってんだ?」
「そばにいたんですよ・・・」
それ以上玉は喋らなかった。
幸助は、も一度自分で創意工夫をした尺玉を作りたい、と思うようになり玉に、その浮かび上がった造形を説明し、時には見えない眼で、図を描いた。
玉の眼を頼りに星を作り、玉の眼を頼りに造形どおりに玉込めをし、和紙を幾重にも張っていく。乾燥などにかなりの日数をかけて、ようやく完成させた。
しかし出来上がったものの、試し打ちは出来ない。
作品名:十のちいさな 小さなものがたり 1~10 作家名:健忘真実