十のちいさな 小さなものがたり 1~10
家から西宮まで国道を走り、西宮港から淡路島に船で渡って、淡路島を縦断。そして鳴門へ。海風が吹きつける国道を高松まで走り、高松港から再びフェリーに乗って小豆島に渡った。かなりきついアップダウンを乗り切ってほとんど1周し、船で大阪の弁天ふ頭に帰って来たのである。立ち寄った大阪城公園は、桜が見ごろになっていた。
初めてのツーリングであった。
国道にはほとんど側道がなく、車が横を通り過ぎるたびに風圧でぐらついた。ひやひやしながらこいでいると、腕に力が入ってしまうためにますますぐらつき、車が後ろから近づいて来ると、ツツッと吸い寄せられていくようで・・・怖かった。
それでもそのロードバイクに『ビーバー号』と名を付けて、謙や仲間たちと一緒によく遠出をしたものだ。
パンクをすると、チューブラータイヤの交換は謙に任せた。整備も任せっきりだった。
子供が出来ると、『モグラ号』と名付けたマウンテンバイクに幼児を乗せるためのキャリーを取り付けて、サイクリングを楽しんだ。そう、登紀子が後ろに息子を乗せて。登りこう配がきつくなると、ハンドルを引きつけて、フンッ、フンッ、と息みながら、一こぎ一こぎ太ももに力を込めてペダルを踏んだ。
平日にも、幼い息子を乗せてふたりで遠出をしていたからである。
今では、電動自転車に乗って買い物に行くだけとなってしまった。
☆ ★ ☆
「もしもし、お久しぶりです。最近、どこか行ってはります?」
謙と共に所属していたツーリングチーム、『グリーンフィールズ』で親しかった、そして告別式でも世話になった、山崎に電話をかけた。
「・・・そうですか、またご一緒させてほしいと思いまして・・・はい・・・はい、謙が乗らずじまいになった自転車、私用に作り変えてもらお、思てるんです。ほんなら、出来上がったらまた、電話さしてもらいます」
謙のサイズで作った自転車が、どの程度再利用できるのかは知らない。だが、少しぐらいの寸法差で済むところは、それを使ってもらうつもりだ。
登紀子は、サイクルウェアに身を包んで颯爽と乗りこなす自分自身を想像しながら、今でもなんとか使えるモグラ号で、とりあえずは坂道を、自力でこいで上がるトレーニングから始めることにした。
2012.7.23
作品名:十のちいさな 小さなものがたり 1~10 作家名:健忘真実