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十のちいさな 小さなものがたり 1~10

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10 忍 び

                       
 宇治川河畔、腰丈にまで伸びた葦の中で、楓は片膝立ちで待っていた。
 月はなく、星明かりだけの夜。
 虫の声が途絶えた。相手の動きを感じ取ろうと、息を殺す。
「楓、いるんだろ」
 低く抑えた声が届いた。楓は黙って立ち上がると、影に向かって歩み寄った。間合いを測って立ち止まり、闇夜に鍛えた目で相手を確かめる。自分と同じ装束で、長い髪を一つに束ねて、胸の前に垂らしている。楓は、肩を越した程度の髪を無造作に結んでいた。

「千代、会いたかった。何年になるだろうか」
「楓の元気な姿を見て安心した。もう5年になる」
「義興の側妻(そばめ)になっていたとは、知らなんだ」
「おぬしも賄い方に、下女として入ってくるとはな。なにが目的だ」
「それは言えぬ。だが久し振りだ。もっと顔をよく見せてくれ」
「楓、ほんとに会いたかった」

 ふたりはより近づくと、お互いの顔を見合った。千代の目には涙が盛り上がっている。楓はそれを見て、ほろりとなった。どちらからともなく、手を広げて抱き合った。
 幼い頃に貧村から買われてきて、山の中で共に修業を積んできた。姉妹のようにお互いの傷をなめ合い励まし合って、厳しい試練に耐えてきたのである。
 それがある日、千代は忽然と山里からいなくなった。新しい主に買われていったのだと聞いた。やがて楓も、売られていった主の元で、与えられた任務を担うようになり、こうして千代と再会できるとは、思ってもいなかった。
 と、千代がいきなり首に腕を巻きつけようとしてきた。
 楓は跳び下がって右掌で顔を突くと、千代は体をひねって右手首で受け止め、素早く左掌を水平に差し出して首筋を打ってくる。その寸前、楓は膝を折り屈んで、後ろに一回転してから立ち上がった。一瞬の出来事である。

「楓は相変わらず、すばしこいのぅ」
「おぬしの五車の術(会話の中で心理を突き、隙を作らせる)に、まんまと嵌まるところだったわ」
「細川に雇われたか、それで割符を盗み出そうという魂胆だろうが。女たちは噂好きで、口が軽い。おぬしがいろいろと聞き出していることぐらい、ワシの耳にも入って来る」
「千代は、誰の差し金で大内に入り込んだ」
「フフン、男はな、自尊心をくすぐってやればすぐに口を割る。己の手柄を知ってほしくて、うずうずしておるわ。下働きするより、本人に近づくのが一番よ。だがおぬしの容貌では、無理かのぅ」
 
 楓は、顔のことを言われるのが昔から嫌だった。
 冷たい声音にカッとして、蹴りを入れようと脚を上げた瞬間、体を引いた千代は、その足首を掴んだまま半回転した。勢いよくひっくり返った楓の後ろに回った千代に、効き腕を捻られて、首には腕が回され身動きが出来ない。
「今は命はとらぬ。だがそなた、二度も続けて同じ手に掛かるとは」
「生かしておいたことを後悔するな、千代」