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十のちいさな 小さなものがたり 1~10

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 楓は、丹波・摂津の守護大名細川高国方の忍びとして、管領職にある周防の大内義興が治める山城の館に保管しているという、明との正式な貿易を示す勘合符の割型を盗み出し、行者姿の忍びの者に渡す、という使命を帯びていた。
 義興は、事実上の最高権力者だった細川政元により追放された足利義材(よしき)を義植(よしただ)と改名させて将軍職に復職させ、管領に就いた。そして、日明貿易の恒久的な特権を得て独占状態にある。日明貿易は莫大な益をもたらし、細川氏と大内氏とは対立していた。

 館に雇われた楓が賄い方の配膳を手伝っている時に、膳の盛り方を点検に来た千代と出会ったのだ。お互い顔には出さなかったが、仰天したのは同じである。唇の動きで会話を成り立たせて、宇治川の葦原で落ちあった。
 忍びの・・くノ一の最大の武器は、女としての身体である。千代は何の躊躇いもなくそれをなしているとすれば、ワシの命を取るのも躊躇わないはずだ、と楓は思った。
 任務を急がなければ。すでに、割符の所在は分かっている。


 館が眠りに就くと、楓はその部屋に忍び入った。文箱の施錠は簡単に外せた。割符を懐に入れると、塀の壁を乗り越えて、走った。
 前方に影が立ちはだかり、楓目がけて音もなく走ってくると、顔の正面を掌で突いてきた。体をかわしてその腕を左腕で受けて封じこみ、腹に思いっきり拳を入れた。
 腹をかかえてくず折れたそやつを残して走り去ろうとすると、
「ま、まて・・か、え・・で」
と、苦しそうな声を出す。立ち止まって振りむいた。
「頼む・・ワシの・・命・・を絶ってくれ」
「哀車の術(五車の術のひとつ)か。その手には乗らぬ」
「違・・う・・ワシはこの・・世界・・から、逃れたい・・のだ」


 楓は、自分の任務を無事に果たすと、消息を絶った。
 陸奥国で、遊芸をして回っている仲の良い姉妹、楓と千代の噂が立ったのは、しばらく後のことである。


                       2012.9.7