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十のちいさな 小さなものがたり 1~10

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9 花火職人の女房になった、タマのおはなし

    
「あら、今・・・猫の鳴き声が」
 佐代はあたりを見回した。幸助はお社の床下を覗き込んで体を差し入れると、猫をつかみ出してきた。まだ生まれて間もない、やせた子猫だ。一匹だけでいるところを見ると、捨てられたのだろうか。
 幸助は仕事を終えると時々、親方のひとり娘の佐代と、近所の神社で逢瀬を楽しんでいた。花火師の鍵屋には、ふたりの花火職人が住み込みで働いている。
「かわいい、連れて帰りたいけど、どのように育てたらいいのかしら」
「残り飯があれば、それでおかいさんを作って布に含ませてやれば、吸いついてくるでしょう」

 佐代はその三毛猫にタマと名付け、大切に育てた。
 毬にじゃれつくのが好きなタマを、幸助と毬を転がし合いながら、よく遊ばせたものである。
 佐代が出かける時には、作業場に勝手に来てイタヅラをしないように、紐を付けて幸助が見える所においた。幸助が星掛け機を回している時に、中に入ろうとしたことがあるためである。その中では尺玉に入れる球形の星が、グルグルザザーッと回っている。紐で繋がれたタマはいつも棚の高い位置に寝そべって、目を細めて興味深げに、その球形の星の動きを追っていた。

 お店を継ぐ佐代の為に鍵屋清兵衛は、幸助より一つ年上の良太と共に、花火の独創性を競って多くの人をうならせた方を婿とする、と告げた。器量良しの佐代は、ふたりにとって憧れの人である。佐代は無論、優しく真面目で、タマにも好かれている幸助に、好意を寄せていた。
 その日。
 良太の花火が打ち上げられた瞬間、その音響に驚いたタマは、抱いている佐代の腕を爪で引っ掻いて飛び降りると、草叢の中に走り込んで隠れてしまった。
 幸助が尺玉を持っているところを見たタマは、遊んでもらえるものと思い走り寄ると、打揚筒に足をかけて中を覗き込もうとし、抱えあげられた。
 その時、花火は炸裂した。


 タマは猫神を祀っている神社を捜し出すと、人間にしてください、とお願いをした。
《幸助さんは私の命と引き換えに、物を見る力を失ってしまったのです。私が幸助さんの目にならずして、この先、生きていくことはできません》
《お前の姿を人前にさらすことは、絶対ならぬ。それが果たせぬ時、命を絶て》
 人の姿になったタマの目の前には、薬の入った包み紙が置かれていた。
 タマは目が見えなくなった幸助の、押しかけ女房になったのである。
 
 鍵屋から荷物を運搬する小僧が来る時には、ちょっと、と言って決して姿を見せない。買い物に行く時には、頭から手拭いを被って、顔を隠した。
 薬の計測をし、篩にかけて配合する手伝いをした。幸助が星掛け機を回している時にはそばににじり寄って、さも楽しげにジーッと転がり回る星を見つめていた。
 幸助に花火作りを、生きがいを取り戻してほしいと思い、尺玉を作ろうよ、と提案した。
 躊躇っていた幸助だが、も一度龍をかたどった花火を打ち上げることが出来るなら、やりおおせたいと思うようになり、お玉の目を頼りに完成にこぎつけ、それを打ち上げる機会を得た。鍵屋清兵衛に頼みに行ったのである。作業場にいた佐代が、強く推してくれたこともある。
「お玉、打ち揚げを手伝ってくれないか」
「花火の音が苦手でね、そればかりは勘弁して下さいな」