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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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オシンドローム

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 山賀真太郎は、走った。もう後には引けない。突き進むだけだ。誰が何といおうと、自分の生き方を貫くだけである。十五年前、真太郎は、人を殺した。勤めていた料亭の店主を刺身包丁で刺殺した。あっけなく人を殺し、その結果、逮捕され、少年刑務所送りとなった。四年の刑期を終えた後、刑務所で知り合った仲間から暴力団で働くことを勧められた。シャバに出ていっても帰る場所のない真太郎は、極道の世界に身を寄せるしか生きて行く道はなかった。その世界でさまざまなことを覚えた。組に忠義を尽くすこと、人を脅すこと、騙すこと、傷つけること、法を犯すこと、警察の目を逃れること、それらすべてを学習し実行した。
 組に忠義を尽くすため、刺青を入れた。組の仕事で、多くの人々を脅した。詐欺も働いた。目的を遂げるためには、手段を選ばなかった。弱く恐がる人々を見ては、叫び声を上げ、詰め寄り相手を降伏させた。自分は人殺しさえもできた男だという強みがあった。
 辛抱強く生きていこうと自分に誓った。実際、ヤクザという稼業は楽な稼業ではない。組同士の抗争に巻き込まれ、大怪我を負ったときもあった。へまをして、詫びのため左手の小指を詰めたこともある。だが、大きな目標が真太郎にはあった。いつか必ずこの世界で一番の極道になってやると。本当は、組の仕事のためとはいえ、人を傷つけたり、苦しめたりすることは嫌だったが、それも辛抱だと信じていたのである。
 ようやく一人で独立した組を築き、子分を数十人抱えるまでになった。だが、信頼していたダチが組長である自分を裏切った。覚醒剤の密売をしているところを逮捕され、組のしていたことをべらべらと喋ってしまった。警察に寝返りを打つことは、この世界では絶対あってはならないことだ。たとえ、自分が捕まっても、忠義を尽くした組はどんなことをしてでも守ることが極道の掟だ。いとも簡単にそんな掟は破られ、真太郎は、警察に追われる羽目となった。二度と刑務所へは戻りたくない。全国に指名手配され、海外へ高飛びするしか逃げ道はなかった。
 あてもなくアメリカをさまよった。たまたま手にした野球の雑誌のページをめくると、なつかしい顔を見つけた。英語で書かれた記事の内容はよく分からなかったが、日本人のメジャーリーグのトレーニングコーチの紹介であることが何となく分かった。英字で書かれた名前にも覚えがあった。コウジ・ナカタ、かつての大親友だった。英語の分かる日本人に頼み、金を渡し雑誌社に問い合わせなんとか住所を探し当てた。そして、ニューヨークに来た。スラム街の怪しい男から護身用として銃も入手した。
 追い詰められた真太郎は、どうしてもあの男に会いたかった。かつて自分に辛抱することを教えたその男に。その男に、もう一度救いを求めたかった。その男に会って、自分の今までの生きてきた道が間違っていなかったかを問いただしたかった。
 今までの自分の生き方が間違っていたなどとは思わない。辛抱に辛抱を重ねて生きてきたのだから。真太郎は、そう信じている。
 真太郎は、立ち止まった。後ろを振り向いた。大男たちが、数メートル後ろまで近づいている。持っていた銃を発射した。と同時に向こうからも銃が発射された。
パン、パン、パーン
 真太郎の撃った弾は、相手側には当たらなかった。代わりに真太郎が、雨のように銃弾を受けた。真太郎の体は、穴だらけとなった。刺青の唐獅子紋様も見分けがつかなくなるほどに形が崩れ、血に染まった。
 真太郎は、息絶えながら心の中で叫んだ。
(真太郎のシンは、辛抱のシン!)

 ホテルの教会からレセプション・ホールに移ったマック・エンドーには、気がかりなことがあった。無二の親友、中田俊秀が、まだ姿を現してないのだ。結婚式には、結局姿を現さなかった。レセプションが始まるというのに、まだ現われてこない。いったいどうしたというのか。中田の妻ジュディーは来ている。彼女にきくと、コウジはこっちに向かっているはずだと言うが、携帯に電話をしてみても、つながらなかった。途中で事故にでもあったのではと、ジュディー共々俊秀のことが心配になった。何といっても、今回のレセプションで俊秀には、親友代表として大事なスピーチをしてもらう予定となっていたからだ。
 レセプションは、始まった。ブッフェ用のテーブルによりどりみどりのおいしい料理が出され、招待客が好きなだけ皿に盛る。皆、会話に花を咲かせ、会場は和やかな雰囲気だ。こんなにも盛り上がっているレセプションなのに、遠藤は気がかりが消えずにいる。俊秀はどうしたというのか。とりあえず、客には笑顔を振り撒いだが、心の中では俊秀のことが気がかりでいてもたってもいられなくなった。
『ねえ、マック、あなた憂欝そうね。そんなにコウジのことが心配?』
 新婦である妻のジョアンナは、遠藤の心中を察していた。
『いや、そんなことないさ。多分、渋滞にでも引っかかったのだろう。そうだ。代わりに僕がスピーチをしよう。博士号を取った大学教授のスピーチを聞けるのだから、みんな喜ぶぞ』
 遠藤は、新しき妻の前では陽気に振る舞おうと考えていた。このレセプションは、自分と彼女のためにあるのだから。遠藤は、マイクを手にした。
『皆さん、これから、新郎である私が、スピーチを行ないます。いつも大学の演壇では、難しい国際政治論ばかりを語っているのですが、ここでは、お堅い話はよしましょう。私の今日迄における人生についてのお話をしたいのです。私が、なぜかつての祖国日本を離れ、アメリカ人となり、今日のような日々があるのかということをです。これには、私の無二の親友、コウジが関わってきます。
 残念ながら、今日は事情があり、このレセプションに出席できずにいます。実は、私は彼と共に三十年前、このアメリカの地に足をつけました。それは、まだティーン・エージャーだった私には人生の転機となる大きな挑戦でした。日本の高校を辞め、親友コウジと共に新たな希望に燃え羽撃くときでした。コウジは、アメリカで何をしたいか目標をきちんと持っていました。彼は、部類の野球好きで、日本でも野球をしていました。目指すはプロの選手でした。
 残念ながら、その夢は叶わなかったのですが、代わりに選手を育てるコーチになるという道を見いだしました。私といえば、来たときは何の目標も持っていませんでした。ただがむしゃらに勉強に励み、日々打ち込むだけだったのです。大学に入って、国際関係学という学問に出会いました。私は、この学問が好きになり、専攻として取ることにしました。そして、ついには、この道で博士号を取得して教える立場とまでなったのです。
 なぜ、こんなにまで国際関係論に興味を持ってしまったかというと、私がアメリカにくるときに日本に残した蟠りのせいだと思うのです。国際関係学は、さまざまな国の政治や経済システムの違いと共に、文化や価値観の違いを理解する学問です。ここで日本とアメリカの大きな価値観の違いをお話しましょう。日本人は、何事においても辛抱することを美徳とします。アメリカ人は、辛抱はすべき時にするものだと考えます。そして、辛抱をした分人生を楽しもうと考えます。私は、そんなアメリカ人の考え方に共感しました。