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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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オシンドローム

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ピンポーン、とまたインターホンが鳴る。
 今度こそは、タクシーに違いない、と思い俊秀は玄関を開けた。
『こんにちは、ミスター・ナカタのお宅ですね。私はニューヨーク州警察のジョナサン・ハート警部です。一緒にいるのは私の部下です』
といかめしい様相の大男たち三人が、目の前に立っており、その中で一番年上らしい白髪の男が、身分証明書を差出しながら言った。他二人は黒い制服を着ている。
『イエス、私が中田です。いったい何のご用で?』
 中田は、一瞬どきっとした。なぜ警察が訪ねてくるのだ。自分には身に覚えはないはずだが。
『あなたのご存じの方が指名手配中でして、もしやこちらに逃げ込んだのではと?』
 いったい誰のことを言っているのか?
『私達が探しているのは、シンタロウ・ヤマガという日本人です。日本の警察から国際指名手配の要請が出ています。この男は、日本で逮捕されそうになった直前、高飛びしてここに来たらしいんです。日本の警察から送られたヤマガの周囲の情報から、あなたの名前が浮かんできましてな。あなたが、ニューヨークで唯一彼が身を寄せることのできる人物ではないかと考えられましてね。ご存じですよね、ヤマガという男を?』
『イエス、知っています』
 中田は頭が混乱していた。あの弱気でおとなしい山賀が、日本の警察から指名手配を受けることをしでかしただと。
『では、ここにいるんですね?』
 警部の鋭い目つきに答えるように、俊秀は言った。
『ノー、彼はここにいません。彼とは三十年も会ってないのです。そんな男が、私を頼って訪ねてくるはずがないでしょう』
 俊秀は、少し唇を震わせながら言った。俊秀は、元来から嘘をつくのが下手だ。
『そうですか。では、もし仮にもあなたに彼から連絡があれば、私達のところに知らせるように。いいですか。匿ったりしたら、あなたも罪に問われることになりますよ』
 白髪の警部は、きっと俊秀をにらみつけ、名刺を差出しながら言った。三人の大男たちは、その場を去っていった。
 俊秀は、体ががちがちになっていた。生まれて初めて味わう恐怖感である。嘘を久しぶりについた。あのまま本当のことを言うわけにはいかなかった。本当のことを言えるほどことの実態を把握してなかった。いったい、なぜあんな気弱な、少なくとも三十年前まで知っていた山賀が、警察から指名手配を受ける羽目になっているのか。俊秀は、何かの間違いだと信じたかった。

 山賀は、二階の部屋で寝ている。俊秀は、詳しい事情を聞きたかった。階段をのぼり、娘のエミリーの部屋へ入った。山賀は、ベッドの中に潜り込んで寝ていた。そばの床に着ていたジャケットとシャツを放り投げている。
「山賀、おまえに聞きたいことがある。さっき警察が来たんだ。おまえを探しているらしい。おまえが日本から指名手配を受けていると言っていた。いったいどういうことなんだ?」
 がばっと、毛布が払い除けられ山賀が、姿を現した。俊秀は、その姿にぎょっとした。山賀は、銃を手に持ち自分に向けて銃口を狙いつけている。そして、シャツを脱ぎ上半身裸の姿、両肩から胸元にかけて唐獅子紋様の刺青が、これは背中まで続いているもの。ふとよく見ると、銃を持つ手の一つ、左手の小指がない。日本の典型的なヤクザの姿だ。
「中田、おまえまで俺を売る気なのか?」
「いったい、どういうことなんだ。おまえ、どうなっちまったんだ!」
 俊秀は、自分の目と耳を疑った。俊秀の知っていた山賀とは別人の山賀がそこにいる。かつての面影をわずかに残す顔立ちと小柄な体格。あの純真な山賀が、極道の泥にまみれてしまったような姿だ。
「この三十年の間におまえに何があったんだ。教えてくれ」
「おまえに何が分かるというんだ!」
 山賀は、まるで戦場で敵を見るように鋭く俊秀をにらむ。
バシン、バカーン、と何かが砕け、吹き飛ばされるような音がした。
『警察だ。ここにヤマガがいることは分かっている。おとなしく二人とも出てこい。逃げると容赦なく撃つぞ』
 ハート警部と二人の部下たちは、ドアを蹴破り、俊秀の家に入り込んできた。怒鳴り声が、家中に響いた。
「中田、逃げるぞ。おまえ、俺を助けろ。でなければここで撃つぞ」
「分かった。来い」
 俊秀は、恐かった。これほどまで恐い気持ちにさせられたのは、生まれて初めてだろう。俊秀は、銃を突きつけられながらガレージに抜ける裏口へ出た。ガレージには、フォード・ムスタングが置いてあった。警部たちが気付き追ってくる。
「乗って運転しろ!」
 山賀が、叫んだ。
 俊秀が運転席に乗り、山賀が助手席にさっと乗り込む。俊秀は、ポケットからキーを差し込み回す。エンジンがかかった!
『警察だ。動くな!』
 ハート警部が、銃を向け叫んだ。俊秀は、アクセルをぐっと踏んだ。ガレージのシャッターは開き放しだった。車は、道路に出た。
 俊秀は、ギアを入れ替え、住宅地の道を猛スピードで走った。後ろから、パトカーが、サイレンを鳴らしながら追いかけてくる。ハート警部たちが乗っている。
 俊秀は、言った。
「どうして、おまえこんなふうになっちまったんだ。俺の知っているおまえは、こんな風じゃなかったはずだ」
「今まで、おまえに言われたとおり辛抱してきたからさ。辛抱すれば報われると信じてきたからさ」
「おまえ、何、言ってんだ?」
 ガタン、ゴトン、ガタン、とエンジンから歯の噛み合わなくなるような雑音が響いた。見ると、煙が立ち篭めている。そして、車は急にスピードを落とし、ゆっくりと静止した。「何しやがったんだ。車を動かせ」
と山賀が怒鳴る。
「悪いが、この車は動かない。故障しているんだ」
「何だと!」
 サイレンを鳴らす警察の車が近づいてくる。
「降りろ」
と山賀が銃を突き付け命令した。
 降りたところは、森の広がる一帯だ。
「走れ。逃げるぞ」
 俊秀と山賀は、森の中に入り走った。サイレンカーが止まり、中から三人の大男が、追っ手となって後についてくる。彼らは、銃を持っている。ハート警部は、威嚇のため空に向け一発発射した。
 俊秀は、数十メートル後ろから聞こえたその発砲音にびくっとした。そして、とっさに考えが浮かんだ。走るのをさっと止め、後ろを向き山賀目がけて蹴をいれた。山賀の腹に命中、山賀は膝を地面に落とした。そして、俊秀は、山賀に覆いかぶさった。すると、今度は山賀に両足で腹に蹴をいれられた。俊秀は地面に倒された。立ち上がろうとすると、
「動くんじゃねえ。おまえまでが、俺をはめようと・・」
 銃口を俊秀の額に突きつけて山賀が言った。目には涙を流している。
「俺を殺す気か?」
 俊秀は、言った。山賀は、殺さんとばかりに俊秀をにらみつけると、銃を大きく振りかざし、俊秀の後頭部目がけて叩きつけた。
 ガツン!! 俊秀は、あまりの衝撃で、その場で気を失った。