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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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オシンドローム

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 二学期になった。俊秀は、憂欝な心持ちでK高校に通った。腰の痛みは、かなり体から引いていた。だが、まだしつこく残っている。下駄箱にいき、上履きにかえようとした。その時、つい手を放し下駄箱から取り外した上履きを床に落としてしまった。拾い上げようと腰を曲げる。う、体中に痛みが込み上げる。それならと、膝を曲げて体を落として床の上に転がった上履きを取ることにした。
「取ってあげるよ。元高校球児殿」
と声をかけられ、代わりに拾いあげられた上履きが俊秀に渡された。
「遠藤!」
 遠藤が、目の前で微笑んでいる。何となく小馬鹿にしたような表情で俊秀を見ている。上履きを拾い上げてくれた礼などいう必要はないと俊秀は思った。
「まったくすばらしい活躍だったようだね。もっとも、僕は試合、見に行かなかったから。残念だったな。高校野球なんて日本管理主義の象徴のような儀式じゃないか。バカ臭くて見にいく気がしなかった自分が悔やまれるよ」
「うるせえ、人をバカにしやがって」
「僕は、誉めているんだよ。こんな体面ばかり重んじるこの学校に、思いっきり泥を塗ってくれて! そろそろ似合ってきてるじゃん。この新しい髪型も」
 遠藤が言っているのは、俊秀が甲子園大会以来ずっと伸ばしてきた髪型のことだ。一か月以上もの間、伸びに伸び、頭の形が分からなくなるほどまでになって、他の生徒と何ら変わりない。
「おまえに比べりゃ、坊主と変わりないさ」
 俊秀は皮肉ぼく言ってやった。遠藤の髪の毛は、まさに長髪と呼ぶにふさわしいスタイルになっていた。髪の毛は肩より下がり、これでは女子でも校則違反の髪型だ。遠藤は、新学年に入って一度も散髪に行ってない状態だ。
 始業式が運動場で始まった。
 校長先生の挨拶から始まる。毎年、二学期の始業式の挨拶には、夏の甲子園の話題を持ち出すのだが、傷には触れないようにするためだろうか、今回は全くその話がでなかった。
 そして、始業式は一通り終わった。突然、蒲田が演壇に立ち、拡声メガホンを手に持ち生徒たちに話しかけた。
「二年、全員、運動場に残れ! 今から頭髪と服装検査を行なう」
 一年と三年は、運動場から去り二年だけになった。それぞれのクラスの担任教師が、生徒一人一人を入念にチェックしている。
 蒲田は、一人の生徒の前で立ち止まって言った。
「おまえ、髪切って来なかったな。夏休みが終わる前に切って来いと言っただろう。こんな女みたいに髪の毛伸ばしやがって。どういうつもりだ!」
 遠藤は、聞こえない振りをしてむすっと黙っている。蒲田はそれを反抗の態度と受け取った。
「今まで甘い顔してきたが、もう許さんぞ。校則というのが、どんなものか教えてやる」 蒲田は、持っていたカバンの中からあるものを取り出した。バリカンだ。電池で動くバリカンでスイッチを入れるとギーという不快な騒音がした。長い時間をかけてのばした髪をいとも簡単に削ぎ取ってしまう機械だ。
「おい、こいつを押さえろ」
と蒲田が言うと、そばにいた生徒二人が命令通り遠藤の両腕を押さえ、動けないようにした。
 ギーと鳴るバリカンが、遠藤に近付いてくる。遠藤を押さえている生徒たちは、何だか面白がっているようだった。見ている他の生徒も同じようだ。何人かの生徒が、こそこそと喋った。
「バカな奴だな。学校に刃向かったりして。こんなことになることは分かっていただろうに」
 俊秀は、遠藤の差し迫った様子を目にして思った。いい気味だ! 俺をさんざんバカにしやがって。あの気取り屋にも、少しは嫌な思いを味あわせてやらなければならない。
 さすがの遠藤も、バリカンを前に顔が引きつっていた。
「丸坊主にしてやるぞ」
 蒲田の顔は、まるで人が苦しんでいるのを楽しんでいるような表情だ。まるで、人に恥をかかせることに使命感を抱いているつもりでいるみたいだ。遠藤の表情はともかく、蒲田の表情には、気持ちの悪いものを感じる。夏休み、腰の痛みで悩んでいる中、家に来て、人を見下すように見つめた表情そのものだ。
 こいつにとって、生徒は遊び道具か。突然、怒りがこみ上がってきた。
 なぜか俊秀は蒲田と遠藤のいるところに足を動かしていた。何かが胸につまってくるような思いがそうさせた。
 遠藤の前髪にバリカンが走った。サッと、垂れ下っていた前髪の一部が地面に落ちた。遠藤の目に涙がこぼれる。
 すると突然、ガシーン、という音と共にバリカンが地面に落ちた。蒲田が地面に転がりバリカンを手に放したのだ。周囲に緊張が走った。
 俊秀が、右手に拳を作ったまま、地面に平伏す蒲田のそばに立っていた。俊秀が、蒲田を殴ったのだ。だが、俊秀は自分が何をやってしまったのか分かっていなかった。怒りで興奮して判断力を失った状態であった。

 数日後
 中田俊秀と遠藤誠は、学校近くの裏山にある一本杉の真下で対話をしていた。俊秀は地面に座って幹に背中をもたれかけ、誠は幹に肩を寄せ立った格好だ。
「俺は、おまえのためにしたんじゃないぞ。あのガマタに無性に腹が立っていたんだ。あいつは、おまえ以上に俺をバカにしてやがる。成績で特別扱いはしないから勉強を頑張れと言いに来た。今更、俺が勉強したってついていけるはずがない。卒業なんかできっこない。俺から野球を取ったら何もないことは分かっている。つまり、学校を辞めろと言ってきたようなものなんだ」
「ひどい話だな。さんざん君を利用して学校の名を上げようとしたあげく、用がなくなるとポイ捨てか。とにかく、この前のことは感謝する。でもって今まで僕が君をバカにすることを言ってきたのは謝る」
 遠藤は真剣な面持ちで言った。
「さっきも言っただろう。おまえのためにやったんじゃねえって」
 俊秀は、学校から無期停学の処分を受けた。ほとんど退学のようなものだ。もっとも蒲田も、生徒の髪の毛を無理矢理バリカンで刈ろうとしたことで、やり過ぎと非難され厳重注意を受けた。
「中田くん、僕は学校を辞めることにしたよ」
 遠藤はさらりと言った。
「え、何でおまえが? おまえは何もしちゃいないだろう。このままこの学校で勉強して医学部行って親父の病院継げよ。俺のために責任感じて辞めるんだったら迷惑だぜ」
「そんなんじゃないさ。あんな学校いたくないんだ。生徒だと思ったら、先生が何をしてもいいと思っている。それに飽き飽きする受験勉強。今回のことでやっと思い切った決心ができた。アメリカに行くんだ。アメリカの高校に転校するんだ。そして、アメリカの大学に行く。自分にとってためになる勉強をしたいんだ。そうすべきだと悟ったんだ」
 俊秀は驚いていた。遠藤はただ者じゃないと感じた。医者の息子であることや優等生であることを鼻にかけた虫の好かない奴だとずっと思っていたが、それなりに自分の信念というものを持っている。
「俺には、よく分かんないけど、頑張れよ」
 俊秀はそっけなく言った。
「なあ、中田くん。君も来ないか?」
「え? 何言ってやがる! 俺がアメリカに?とんでもねえ。何しにいくってんだ。英語も全然喋れねえし。くだんねえこというな。俺をまたからかってんのか?」
 俊秀は遠藤の言葉に混乱していた。