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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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オシンドローム

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「お前の好きな野球の本場に行ってみたら、何かが変わるんじゃないのかな?」

 遠藤整形外科医院に俊秀は来ていた。誠の父、遠藤守医師の診断を受けていた。十分ほど対話をして後、レントゲン写真を撮った。
 蛍光板に写真をのせ、遠藤医師は写真をじっくりと眺めた。
「典型的な椎間板ヘルニアだな。だけど、かなり回復している」
 遠藤医師は眼鏡をかけた知的な感じのする人だった。
「ですが、俺、いや、僕は、まだ痛むんで。この状態じゃ・・・」
「そうだね。君は、夢を諦めなければいけないのは確かだ。こんな風に腰を壊してしまうと、プロ選手として活動することは不可能だ」
 遠藤医師は、苦々しい表情で説明した。
「先生、俺、ききたいことがあって。腰を駄目にしたのは俺のせいですか。俺がきちんと自分の体を管理してなかったからこんなことが起きたんすか?」
 すると、遠藤医師は真剣な眼差しを俊秀に送って言った。
「自分を責めるのはよしなさい。君のせいでこんなことになったとは私は思えないな。スポーツ選手が無理をしすぎて、体に損傷を与えることはよくあることだ。だが、そうだな。はっきり言おう。君が受けてきた理不尽なトレーニングに問題があったんだと考えるよ。強くなるためにしてきたことがとんでもない間違いだったんだ。スポーツのトレーニングについて間違った認識を持たされしまったことが問題だったんだ」

 遠藤医師は説明を続けた。俊秀が、日課としてやってきた兎飛び、足を真直ぐにして上体を持ち上げる腹筋運動、腰にロープを巻いてタイヤを引っ張る運動、これらは筋力増強にはあまり役に立っておらず、むしろ、無理な体勢により体の重心となる腰に余計な負担をかけることとになっていた。結果、ヘルニアを引き起こす原因ともなったのだ。
 また、毎日連続して休むことなく筋肉トレーニングをやってきたことにも問題があった。筋肉とは、ある程度休ませなければ筋力増強にはつながらないからだ。筋肉は一度運動を経験すると筋肉を構成する筋肉繊維が痛めつけられ、トレーニング前よりパワーを失うが、それが元の状態へと回復する時に以前より筋肉を構成する筋肉繊維が太くなりパワーを増強させる仕組みになっている。いわゆる「超回復」だ。適度に運動すれば、それに対応して適度に体を休ませなければいけない。ひたすら筋肉を痛めつけてしまったため、腰を中心とした体全体を支える力を弱めてしまう結果となったことが考えられる。
 俊秀は、休んでは体がなまってしまうと思い込んでいた。つらいが、筋肉を常に動かし続けなければいけないと今まで信じ込んでいた。俊秀に限らず、野球部の監督、部員、皆が信じてきたことだったのだ。兎飛び、足を真直ぐ伸ばして上体を持ち上げる腹筋、タイヤ引き、これら毎日休まずこなしてきた筋力トレーニングのメニューが、裏目に出てしまったことは悔やんでも悔やみきれない。
 さらに、俊秀の神話を覆すことを遠藤医師は話した。


俊秀が投球の速度アップのために行なってきた懸垂、腕立て伏せのトレーニングが実質的な効果を全く与えてなかったことである。現に高校入学以来、俊秀の投球速度は何ら変わっていない。遠藤医師は、ピッチャーにとって重要な肩関節周辺にあるアウターマッスルとインナーマッスルについて説明した。アウターマッスルは外側の三角筋などの筋肉である。インナーマッスルは外側のアウターマッスルに覆いかぶされた場所にある細かい筋肉郡によって構成されている筋肉だ。ピッチャーがボールを投げるときには、当然のことながら肩の筋肉が重要になってくる。その中でもピッチングで重要な役割を果たすのは、インナーマッスルなのである。
 アウターマッスルは腕立て伏せや懸垂などのウエイトトレーニングによって鍛えられるのだが、インナーマッスルの鍛え方は違う。 インナーマッスルは、軽いダンベルを持ち上げたり、チュービングと呼ばれるゴム糸に手の指をくくりつけ引っ張ったり戻したりする運動によって増強される。一見それは、軽い運動で遊びごとのように楽であるが、実際的効果は、それによって生まれる。インナーマッスル、アウターマッスル、そんな言葉さえ俊秀は初めて聞いた。
「それにもう一つ言いたいことがある。君ぐらいの年頃、十代後半ぐらいに一日六時間ものトレーニングをさせているのは問題があったね。まだ、君たちの体は未完成で成長課程にある。無理な運動は、体を壊し一生涯残る後遺症を生む可能性だってあるんだ」
 遠藤医師が言うには、日本にはアメリカのようなスポーツ医学たるものが完成されてないという。トレーニングのやり方も相変わらず、つらいことを我慢すれば強くなるという根性主義に徹している。スポーツを科学的な目で分析するという考えにまだ至ってない。
「なあ、俊秀くん。誠と一緒にアメリカに行ってくれないか。誠も君のようなすばらしい友達がついていれば心強いと思う。君は、自らを犠牲にしてまで誠を助けてくれた。誠には、この病院を継いでもらいたいという私なりの願いがあったが、彼には彼の人生がある。自分の生き方を自分なりに通せる強さを持っていることを思い知らされたよ。それもこれも、君のような友達に出会えたからだと思うんだ」
 俊秀は、誉められてかえって、変な気分であった。
「でも、俺の親父とお袋がどう言うか。それにアメリカまで行くとなると金が無いといけないですし」
「ご両親とは、ゆっくり話し合うべきだと思う。大事な息子さんを遠い国に送るんだから不安であって当然だろう。お金のことは心配しなくていい。私が、奨学金を出そう。君の将来におおいに賭けてみたい。将来大人物になれば、その時にお金は返してもらえばいい。君なら必ずなれると私は確信しているよ」
 俊秀は、遠藤医師の熱意のこもった言葉に圧倒された。
 家に帰って、そのことを両親に話した。俊秀の父、源太郎は猛反対だった。
「おまえのような駄目な奴が、アメリカまで行っても大したことはできん。失敗して日本に帰ってくるのが目に見えとるぞ」
 母さんは、涙を流して言った。
「俊秀、行かないで。母さんも、父さんも寂しくなるわ」
 俊秀は、人生の一大決心をした。

 山賀真太郎はその日、厨房で、後片付けをさせられていた。相変わらずの後片付けだ。鍋を洗ったり、床をモップで拭いたり、ゴミを捨てたりと。板前らしきことは全くなく相変わらずの雑用ばかりだ。
 今日は心なしか疲れていた。朝から食事を抜かれていたからだ。理由は、朝寝坊をしてしまい、厨房に来るのが二分遅れてしまったからだ。このような食事抜きの罰は、週に一度の割合で受けている。
 ガシャーン、と器が割れたような大きな音がした。真太郎は、音のしたところへ向かった。それは、大将の部屋だった。そこに二人の先輩がいた。
 見ると、床に陶器の器が砕け散っていた。真太郎は、砕け散った器に見覚えがあった。大将が重宝している瀬戸焼きの茶碗だ。何百万円もすると聞いたことがある。
「どうしたんです?」
「何でもねえよ。つい珍しくて見てたら、手が滑ってしまったんだ」