緋色の追憶≪第一章≫
少年の操る馬車に揺られ、フォンテーネは森から出ようとしていた。
名前がないという少年の身の上話はしばらく続き、フォンテーネは驚きと悲しみとで胸がつぶれる思いがしていた。
「もうよしましょう」
少年は話を途中でやめた。フォンテーネもこれ以上聞くのはかえって残酷だと思い、頷いた。
少年は孤児だった。
森の中に捨てられていて、森番に拾われた。
森番には子どもが十人いる。その末っ子として育てられたのだが、名前などつけて貰えなかった。いつも「ぐず」とか、「のろま」とか森番のそのときの気分で呼ばれ、幼い頃からこき使われていた。
一緒に育った兄弟たちも、彼が拾われっ子だとしっているので、馬鹿にしていじめていたのだった。
森番の女房はというと、言葉ではそれほどひどくののしったりしなかったが、食事の時彼に食べさせるパンを古くて堅くなったものだったり、真冬だというのにシャツ一枚しか着せなかったりしていた。
森番の一家が彼をそれほど邪険に扱うのは、彼が美しかったことも理由の一つだった。
作品名:緋色の追憶≪第一章≫ 作家名:せき あゆみ