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雪女

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 その言葉にユキが初めて振り返りました。その目は宝石のような涙で潤んでいます。
「私が妖怪でも愛して下さりますの?」
「ああ、もちろんだども。妖怪かなんか知らねぇが、ユキはユキだ。さあ、もう一度抱きしめさせておくれ」
 恒吉は腕を広げました。しかしユキは顔を横に振ります。
「出来ません。私は名主を殺した時、雪女の姿に戻ってしまいました。私を抱きしめたら、あなたは凍死してしまいます。それにもうすぐ春になれば私は魂となって消えてしまうでしょう。恒吉さん、あなたが私を愛してくれたことは嬉しく思います。ずっと忘れません。あなたは早く私のことなど忘れて幸せに暮らして下さい」
 そう言ってユキは立ち上がり、小屋から出て行こうとしました。
「待て! おらの魂も連れてけ!」
 その時、恒吉の手がユキの腕を掴みました。そして恒吉は立ち上がるとユキを思いっきり抱きしめたのです。
「離して! 離しなさい!」
 ユキが力いっぱい身を捩っても恒吉はビクともしませんでした。
 恒吉の身体を凍るような寒さが襲います。しかし、しばらくしてそれも感じなくなりました。それどころか次第に温かくなってくるではありませんか。
「あー、温けえな。身体は冷たくても、雪女の心は本当に温けぇ」
 恒吉は深く目を閉じました。その口元は笑っています。
「本当に馬鹿なお人……」
 ユキも微かに笑いました。その目には涙が光っています。

 恒吉の遺体がその小屋で発見されたのは、雪が解け出し、フキノトウが芽吹き始めた季節でした。
 若い刑事が呟きます。
「どうして犯人はこんな山の中に逃げたんでしょうかね?」
「まぁ、ユキと恒吉が犯人だろうが、何でも殺された名主は相当強欲であくどいことをしていたらしいな。名主はユキを無理やり自分の物しようと企んだともっぱらの噂らしい。恒吉は消えたユキを追い求めて山の中に入ったのだろうな」
 年配の刑事が言いました。
「なぜユキが山の中に?」
 若い刑事が不思議そうな顔をしています。
「ユキが雪女だったからさ」
「そんな馬鹿なことって……」
 若い刑事は驚きを隠せません。
「一応、ユキは探さなければならないだろうが、多分無駄だろう。それより見ろよ、恒吉の顔を。随分と幸せそうに笑っているじゃないか」

 その後も警察によるユキの捜索は続けられましたが、結局見つけることが出来ませんでした。
作品名:雪女 作家名:栗原 峰幸