雪女
しばらく歩くと少し先に粗末な山小屋のようなものが見えました。それは恒吉に僅かな希望をもたらしました。恒吉の足に力が甦ってきます。恒吉は小屋まで必死に歩きました。
そして小屋までたどり着くと、もたれるようにして扉を開けました。
そこで恒吉は信じられない光景を目にしました。
何と小屋の中にはユキがいたのです。ユキは囲炉裏に火もくべず、小屋の中でひっそりと座っていました。
「おおっ、ユキ!」
恒吉は感激の声を漏らし、ユキへ駆け寄りました。しかし、ユキは恒吉に背を向けてしまいます。
「どうしただ、ユキ? おらだ。恒吉だ」
恒吉の声にもユキは黙っています。
「なんでだ。なぜ黙ってるだ?」
「どうしてこんな山の中に来たのですか?」
恒吉に背を向けたままユキが喋りました。しかしか細く、どこか物悲しい声です。
「どこかの町さ逃げたって、いつかは捕まるだ。だったら山奥さ入ってと思ってな」
「しかし、こんなところではあなたの身体が持ちませんよ。あれだけのお金があれば遠くに逃げられたでしょうに」
「金なんかおらは欲しくねぇだ。この金庫を持ってきたのはな、おめぇが必死におらのために持ってきてくれたからだ。おらぁ、ユキ、おめえさ、いなくなってから生きてく望みを無くしただ。ただ、警察さ捕まっておめえのことさ根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だったんじゃ。だからこうして山ん中さ逃げてきたってわけよ」
「馬鹿なお人……」
そう言ったユキの背中が微かに震えました。
「なぁ、ユキ。おらと二人でこの山で暮らそう。な、いいだろう?」
恒吉がユキに詰め寄りました。しかし、ユキは相変わらず背を向けたままです。
「私はあなたを不幸にします」
ユキが思い詰めたように言いました。
「結局、あなたと夫婦になってもあなたに災いをもたらしただけでした。あなたの幸せを願えばこそ、一緒には暮らせないのです」
そう言いながらユキがガクッと肩を落としました。
「なぁ、ユキ。おらはおめえと暮らした日々が今までで一番幸せだった。おめえのいない人生なんておらには考えられねぇ」
そう言いながら恒吉がユキの肩に手を差し伸べました。ユキの身体は凍るような冷たさです。それでも恒吉はその手を引きませんでした。そして続けます。
「おらにはな、おめぇが雪女だってことはわかっていただよ。でもそれでも好きなんだ。愛しているんだ」