蒼空の向こう
何処にでもあるような、佐賀は唐津の港町。僕はチャーリーと一緒に防波堤の先端に佇ずんでいた。
堤防の裏側は岩場が続いている。静かに打ち寄せる波が岩場を叩き、タプタプと長閑な音を立てていた。
波止場の手前には広い駐車場があり、僕は乗ってきたブリティッシュ・グリーンのロードスターを放置していた。
九月は曖昧な季節。つい先日までの蝉時雨が嘘のように止み、木陰に秋の気配を感じる。一方、日中の残暑は微かにだが、夏の記憶を残していた。
僕は先月の10日に最愛の妻に先立たれた。急性骨髄性白血病。
必死の看病の甲斐も無く、妻の体は静かにその機能を止めた。享年35歳。
幸せの絶頂を襲った悲劇は、僕の精神を再生の可能性が無い程、ズタズタに切り刻んだ。
唯一の救いは、愛犬チャーリー。死んだ恭子との人生の最小公倍数。
短い間だったが、僕達はこのビーグル犬を我が子のように愛した。
僕は、ポケットからラッキーストライクを出すと、ジッポライターで火をつけた。米軍御用達のジッポライターは少々の風にも炎が消える事がない。
カシャッ・・・という音を出し、ライターの蓋を閉じると紫煙を吐き出した。
吐き出された紫煙は瞬く間に白い煙となって飛散した。行き先を追う間も無い。
チャーリーは尻尾をゆっくりと振ると、僕に身を預けるように寄り添ってきた。