蒼空の向こう
「拝啓 はじめ 頑張ってるか?報告!ついにやりました 全国理容コンクールで優勝した! 急だけど、アメリカ行きの誘いがあって、来月向こうに行きます。俺がアメリカ行けるのも、はじめのお陰だ!お前がいたから頑張れた。先に行って待ってるぞ!店の住所と電話番号です。EXISOTIC ×××555・・・・・」
悔しかった、凄く悔しかった。もちろん親友の快挙は嬉しかった。賢治が夢への階段を、一気に駆け上がった事は嬉しかった。悔しかったのは今の自分に対してだった。
もう2度とは戻りたくないと思った日雇いの一年間が不思議に懐かしく思えた。
きつくて・・・辛くて・・・淋しくて・・・何度も涙したけど、前を見据えていた。
目的に向かって歯を食いしばっていたあの日が、今は遠い過去のようだ。
僕は何かを失っていた。僕は焦っていた。道を間違えている。そう思った。だが、今進んでいる道も整備されようとしている。森が開かれ更にその奥まで道が出来ようとしている。それとは逆に最初に選んだ道は未だ森の中。闇の中のままだった。
焦燥感・・・どうしようも無い状況は、暖かい人たちの中で更に際立っていった。窮地に陥ったことに始めて気がついた。僕は誰にも相談できないまま、焦燥感から喘ぎ始めた。
帰宅して、賢治からのハガキを読み返すうちに、その喘ぎは大きくなっていった。
ニューヨークにどれだけ恋焦がれていたか・・・・。記憶が蘇れば蘇る程に。この善良な家族への愛情との狭間でもがいた。午前三時には起きて市場に行く。仮眠をとって仕込みに入る。店が開けば無心で包丁を握る。夢を描く時間さえ無かった。だが、一旦、アパートに戻れば一枚のハガキが僕を攻め立てる。日常は繰り返される。