蒼空の向こう
エアコンを入れていない店内に紫煙がどんよりと広がっていく。
僕は煙の行き先をぼんやりと眺めた。
吐き出された紫煙は勢いを無くして漂う。暫く停滞すると、消えて無くなった。
別に窮地ではないが・・・窮地に陥ったような錯覚がした。
恭子は短大を卒業した後、店には出なくなった。
デザインスタジオに就職が決まり忙しくしていたが、二人の関係は上手くいっていた。
喧嘩する事も殆ど無い。最近は仕事を覚えた恭子からデザインのノウハウを教わっていた。僕にすれば(頼りないが)個人授業の先生でもある。
恭子は時々、アパートに泊まっていく。勿論、両親も認めている事だ。
布団の中で、可愛い寝息を立てている恭子を見つめた。
何事にも積極的な彼女に翻弄される事も有るが、愛している・・・たぶんそうだろう。大事な人になっていた。
同様に恭子の親である大将と正子さんも、かけがえの無い人になっていた。
恭子が、ゆっくりと目を開いた。
「起きていたのか?」という僕の問いに、甘い笑顔で誘う。
僕は誘われるままに布団の中に潜り込む。
唇を何度も重ね、肌を合わせる。
甘い言葉を囁きながら一つになり、そして、溶け合う。
霞んだ夢の先に、もう一つの道が見え隠れしていた。
一枚のハガキが届く。
森賢治。彼は熊本の出身で幼い頃に父親が出奔。苦労して高校を卒業し、上京。理容師になった。互いの夢を語れた、数少ない友だ。僕はアパートの階段に腰を下ろしてハガキを読んだ。下手糞な文字には何時も苦労する。